「白馬先生といえば、聞きましたよ。藤澤さんもグランプリに参加するそうですね」
「なんか成り行きで……」
栗谷先生からその話を持ち出されるなんて思ってなかったから、そうやって言葉を濁すしかない。別にやりたくてやるわけじゃないし、前向きな気持ちなんて起こらない。
白馬先生が何を吹き込んだか知らないが、そんな期待に満ち満ちた目を向けないでほしい。
「自分の生徒にこんな話をするのはあれだけど、私が受け持っている部活もグランプリのことでちょっと揉めていてね……」
どうやら栗谷先生のところも意見が食い違うことが多々起きているらしい。悲哀に満ちた表情はさながら聖母マリアのようだ。
そしてあっという間に教室まで来てしまった。
しばらく来ていなかったけど、教室のドアの奥の騒がしさが、胸の緊張を膨らませる。
ろくに授業を受けてないし、また色々と噂されてしまうんだろうなあ。こっちもあんまり気乗りはしない。
栗谷先生は少しずつ慣れていけばいいからとエールを送ってくれたけど、トップクラスのエリート達に囲まれて何をしたらいいんだ。会話のレベルが違いすぎて置いていかれるだけだよきっと。
「あの」
ホームルーム明けのブレイクタイムで、窓際の席にとりあえず座っていたら知らない男の子に声をかけられた。頭がよさそうと言うよりは、すっきりした短髪で爽やか好青年って感じだ。
「藤澤さんだっけ。あんま学校来てないみたいだけど、わからないことあれば言って」
いきなり話しかけられてどんなマウントを取られるのかと構えていたけど、拍子抜けした。
まさか名前まで覚えてもらえてるなんて思わなくて、ちょっと感動していた。
「えっと……」
「あ、俺、明海って言うんだ。明海冬馬。苗字がよく女みたいだなって言われるんだよ」
あけみくん……確かに、女の子みたいな名前だ。それも苗字なんて変わってる。
名前くらいしかまだ知らないけど、どうやらいい人そうだ。
「うん、ありがとう。明海君。藤澤桃香です。正直わからないことだらけだけど、こんなのでも仲良くしてくれるならよろしくお願いします」
クラスメイトとは積極的に話したことがなかったから……相手にもされないと思ってたし……明海君の気遣いが凍えてしまった心に染みる。
「あ、うん。よろしく。あと放課後にクラスの何人かとカラオケ行くんだけどさ、よければ一緒にどう?」
「ほ、放課後……放課後は、図書室に行かなくちゃいけないから、ちょっと……」
「図書室?」
さっき白馬先生が、放課後も集まるようにと念を押していた。
せっかくのクラスメイトからのお誘いだけど、ここは丁重に断るしかない。当たり障りなくそうしたつもりなんだけど、明海君は図書室と言うワードに引っかかるような顔をした。
「うん。明海君もよかったら今度遊びに来てね」
「えっ、ああ」
明海君みたいないい人が、あの曲者の高雅さんとも打ち解けてくれたら嬉しいんだけど、そんなことはあの人嫌いに期待するだけ無駄なのかもしれない。
それに明海君はなんだか難しい顔をしていて、始業のチャイムが鳴ると私にサッと手を振って自分の席に戻ってしまった。
私なんか変なこと言ってしまっただろうか?