「失礼します」
そんなところに目指していた図書室の扉がスライドする音が響き、やいのやいのと騒いでいた全員の視線は一斉にそちらへと流れる。
図書室の扉を開けた人物は、ハニーブラウンのミディアムをふわりとなびかせる。大人の香りがふわりと漂いそうだ。
「栗谷先生? どうして図書室に……」
すみれ色のカーディガンを羽織った栗谷先生は、こちらを見て挨拶代わりに微笑んだ。
だけど、栗谷先生は白馬先生のように図書委員会の顧問でもなければ、当然ここに立ち寄る理由など……。
「どうしてじゃありません。藤澤さん、授業はどうされましたか?」
「あっ」
あった。彼女は私の担任だ。
五月に入ってまったく顔を出さない自分のクラスの生徒に用があるらしい。その顔はとても穏やかだけど、後ろには絵に書いたような如来像が見える……。
恐ろしいほど至近距離に詰め寄ってくる栗谷先生とじりじりと後ろに退がる私との間に、すると今度は別の声がかかる。
「く、栗谷先生っ! おお、おはようございます!」
「あら、おはようございます。白馬先生」
白馬先生が、こんな場面で栗谷先生の気を逸らすことをする。でも助かった。
ちなみにさっきまで持っていたチェーンソーと執事さんは、高雅さんが扉が完全に開かれる直前、抜群の反射神経で本の中に仕舞っていた。仕事がはええっ。
その栗谷先生は、白馬先生に学園のマドンナらしい微笑みを向けるが、それに対して白馬先生の表情は堅い。動きも堅い。
そんな白馬先生を目の当たりにして、高雅さんは珍しく堪えきれないと言うような笑みを漏らす。
「高雅さん、どうかしたんですか?」
「見てわからないのかい? こういうのは君の方が詳しいのかと思っていたけど、やっぱりバカはとことん鈍いね」
な、なんでそこまで言われてるんだ。その理由すらバカにはよくわかっていない。
仕方ないな、という風に高雅さんが耳を貸すように促す。何をそんなにコソコソするのかと思ったけど、近くまで寄せた耳に彼の吐息がかかって、ちょっとそれどころではないかも。
「惚れているらしいよ。君のクラスの担任の彼女に」
「な、なんと!」
しかしながら低音ボイスと吐息をも吹き飛ばす情報を彼から打ち明けられ、思わずその顔をじっと見返す。でも高雅さんが適当な冗談を言うとは思えない。
「本人は隠しているつもりだけど、傍から見てバレバレなんだよ」
「まさか白馬先生が栗谷先生に気があるなんて、ちょっと意外でした」
「君はバカだからね」
「意味わかんないですから!」
でもまあ高雅さんが言うようにどうやら白馬先生の片思いのようだ。見た目はすごくモテる人だろうから、恋愛に苦労しないイメージだった。でも相手が学園のマドンナになるとそうもいかないのかも。
二人がくっつくなんてことがあれば、学校のビックカップル間違いなしだ。どれだけの人が袖を濡らすことになるか……きっと地獄絵図だ。
しかしこうなればあの二人を応援してあげようと、そんなことを高雅さんに耳打ちした。あろうことか無視された。おい!
「さて、藤澤さん。もうすぐホームルームも始まりますから、一緒に行きますよ」
「ええっ……」
白馬先生との他愛ない話は切り上げて、栗谷先生の脅威が私に迫る。こんな人に逆らうことなんてできないだろう。
担任に連行される私を見て「放課後にまた図書室に集合だぞー」と呑気に言い残す白馬先生が見える。いい感じに話せたからって浮かれてんなあの人。
だがもっと酷いのはその隣にいた人だった。見送るときくらい読書の手止めんかい!!