紅茶の香りを楽しむ彼と、すっかり気落ちして項垂れた私を交互に見やって白馬先生はすると何を思ったのか、
「あれ? 桃香って高雅のガールフレンドじゃねえのか?」
なんて頭の後ろを掻きながら言ってくるものだから、私も高雅さんも怪訝な顔を隠せない。
ないないないない。確かに顔だけなら女の子がキャアキャア言うあれだけど、ひと月も彼と時間をともにした私にはわかる。高雅さんはないと。
こんな性根が腐った人は類を見ない。付き合ったところで見込みがない。家政婦にされるのがオチだ。だからなし。
「ねえ白馬、冗談でもやめてくれない。こんな砂糖で脳みそ溶けたような顔の女と恋人扱いされるなんて、頭がどうかしそうだよ……」
「あんたは私と恋人同士に間違われるのがどんだけ嫌なんですか!?」
横にいる高雅さんの顔色はすこぶる悪い。
それはそれでちょっとショックだ。めっちゃ嫌そうじゃん。あと砂糖で脳みそ溶けたってどういうことだよ!? どんな変化球の悪口だよ!?
「冷やかしに来たのなら、さっさと自分の仕事に戻りなよ。伝えること伝えたんでしょ」
私の猛抗議など無視して、高雅さんは白馬先生の退室をあからさまに促した。この人敵作ることしかしねえな。
しかし白馬先生はまだ具合が悪いといった風にそこで腕を組んでいる。
「報告はそれだけなんだが、グランプリへの参加の申し込みにあたっていくつかこの場で決めておきたいことが出てきた」
白馬先生が見せてくれたのは、例のグランプリに参加するための申請書だ。
いくつか記入項目があるけど、今のところ見事に真っ白だ。なんか私のテストの答案用紙みたい。
「そんなもの、参加しなければいい話だ」
「どの委員会も部活も強制参加、つーわけで俺らも参加すんの」
「知らないよ。放っておけば」
「ちなみに締切までに提出しなかったところは活動停止。活動の拠点に使ってる部屋も活動費も学校側に没収される。さぁ、どうする高雅?」
反論する高雅さんに追い討ちをかけていく白馬先生。
そしてその高雅さんといえば、カップを皿に戻しておもむろに席から立ち上がる。どこへ行くのか白馬先生が尋ねるけど、返事はない。
少しして戻ってきた彼の手には一冊の本と、その本から取り出したと思しきチェーンソーが、しっかりと握られている。
「高雅ああああッ!? おまっ、なんてもん取り出してやがる!?」
彼から滲み出す殺気に、白馬先生が落ち着けとすぐさま制止に入る。さすがの白馬先生も血相を変えている。
けれど、高雅さんの方は聞く耳持たずだ。
「何……僕は今からあの老いぼれの息の根を潰しに行くんだ。誰にも邪魔はさせない」
「落ち着け! ってウオッ! 急に電源入れてんじゃねえよ!」
電源を入れた時の切断力は申し分ないだろう。断末魔にも似た起動音が、静かな図書室の一帯に響き渡る。
彼の手にあるチェーンソーは、それはまるで生きているかのように荒々しく蠢いている。自分の巣を守るために、今の彼はそれほど必死なようだ。
それでも白馬先生は、高雅さんを止めるために果敢にも立ち向かっていった。
私はというと見たこともない高雅さんの殺意に身体が慄いて、その場から一歩も動けなかった。あの人達普通じゃない。