「あ~あ、残念だなぁ。高雅さんが好きなマドレーヌを焼いてきたのに、今日は忙しそうで食べてもらえませんかぁ~」

 必殺「甘いもの誘惑作戦」だ。そのまんまだ。
 だがまあ予想していた通り、高雅さんの動きが止まる。釣られたようだ。天才も甘い好物には弱いらしい。よし、もう一歩だ。
 
「誰も食べてくれないのなら、もう捨てちゃおっかな」

「ミィア~」

「うん? 白猫ちゃんが食べてくれるの? じゃあ白猫ちゃんにあげようかなあ~」

「待ちなよ、桃香」

 煽りに煽り、彼が上手く釣られてくれた。
 しかし久しぶりに名前を呼んでもらえた気がする。こんなときには素直になりやがって、くそぅ。


「マドレーヌには猫が摂取してはいけない乳製品や多量の砂糖が含まれている。だからそのこに菓子は禁物だよ。それに、食べ物を粗末にするのはいただけないね。別に食べたくないけど、君が調理をする過程で消費した材料、ガス、水資源を無駄にしないためにも仕方なくいただくよ」

 おまっ……めちゃくちゃ喋るやんけ。
 あんたの飼ってる猫もびっくりだよ。
 
「何をぼんやり突っ立ってるの? さっさとそれの準備に行きなよ」

「はいはい、わかりました。でも先に黒猫ちゃんを出してください。黒猫ちゃんの分の首輪も買ってきたんですから」

「君の指示に従う義理はないね」

「じゃあやっぱりこのマドレーヌ別の人に食べてもらおうかなー?」

「…………」

 誘惑に屈した高雅さんは、しばらく苦虫を噛み潰す表情で私を睨みつけた。私は抱きしめる白猫と勝利を分かち合うのだった。
 やった! ついにあの桐嶋高雅に勝ったんだ!

 そのやりとりの一部始終を上から眺めていた白馬先生は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見守っていたという。