「……離して」

「嫌です。高雅さんに負けましたって言わせるまで離してやりません!」

「負けたよ」

 だから離して、とあっさり負けを認められた。あれ、なんか思ってた反応と違う。
 自分が思っていたよりも鉈の刃先を掴んでいたようで、床にはボタボタと血が垂れている。冷静になるとじんじんと痛み出してきた。ちょっとやばいかも。

「君ほど物分かりが悪いバカは、後にも先にもいないだろうね。僕の能力でも、こんな傷は治せないよ」

 まためちゃくちゃな悪口を言われた気がする。でもそれを言う彼の顔は、少し穏やかに見える。
 私の手の傷の具合を見て、おもむろに自身のネクタイを解くと、それを傷口に巻きつける。自分の手が汚れるのも構わずに、その人のぬくもりが私を包む。

「高雅さん……?」

「……傷つけるつもりはなかった。けど、この世界で話を聞いてくれる誰かなんて今までいなかった」

 掠れた声で、そんな本音をこぼしてくれた。そんな些細なことでも、声にしてくれたことが嬉しくて、彼の手に自分の手を重ねた。


「じゃあ、私がまた毎日ここでお話を聞いてあげますよ。美味しいお菓子と紅茶も用意して」

 またこの図書室で、二人の時間をゆっくり過ごしたい。そんな思いを込めた。

 あなたには届いているかな?


「君ってほんと生意気だよ。まあ、嫌いじゃない」

 呆れたように彼は言う。
 自分を縛っていたものがなくなったように肩の荷がおり、その口角は緩んだ。

 あっ、笑った。そんな風に笑うんだ。


 手の傷は浅くはないけれど、手に届く距離にあなたのそんな表情を見ることができて、その瞬間にこの胸は羽根が生えたように跳ねた。

 こうして猫と読書から始まった出会いは、春の嵐を巻き起こしながら雨が上がる頃にようやく収束を迎えたのでした。