何が起きたのか把握できない私の腕を突然引っ張って、図書室のドアを中から閉める。

 それはあっという間の出来事で記憶がない。

「へっ?」

「僕に歯向かうことの意味がわかっていないんだ。愚かだよ」

 私の背後に再び迫る壁と、目の前には俯きながら顔を隠した高雅さんが迫る。
 なんか、あれ、さっき見たような光景が……。でもさっきと違うのは、相手があの高雅さんっていうことだ。


「ああああ、ああの、こここ高雅さん!? こここれは一体全体どどどういうあれですか……!?」

 事態を何となく把握して動揺する私に、静かに肩を震わせて高雅さんが笑う。

「ねえ、君は勘違いしているよ」

 こんなにも近くで彼の気配を感じたことがないほど、至近距離にある高雅さんの冷たい顔が見下ろしている。正直なところ、ドキドキしてしまう。こんなことをするような人には見えないから、余計に……。


「君程度のバカな女に興味はないけど、僕も結局はさっきの奴らと同じで、汚くて貪欲な一人の()なんだよ――」

 耳元で囁かれる声が、本ばかり読んでる人とは思えないほど艶やかで意識を朦朧とさせる。頬はほのかに赤くなる。
 さっき助けてくれたときとはまるで違う雰囲気を纏う。獲物を狩るような目だ。それでも目の奥は濁っている。

「や、やめてください」

「こっち見なよ。それとも今になって怖くなったのかい」

 その目から逃れるように顔を逸らしても、顎を持ち上げられて無理やり視線を絡める。
 こんなこと、彼も望んでいないことはわかってる。だけど、私から退くことも許されない。意地の張り合いだ。


「高雅さんは、そんな人じゃない」

 彼を拒絶することはできない。わかってくれないなら、わかってくれるまで、離れないよ。
 ここで彼を信じなければ、きっと何も変わらないから、彼の気配が近づいても動かなかった。

「……勝手に信じていればいい」


 そっと目を閉じれば、彼のにおいが鼻先を掠める。

 そして、微かに唇に触れ合う感触がした。