「実は、相手を怒らせてしまったんです。約束を破ってしまった私がいけないんですけど、その人に拒絶されて、あの時はどうしていいかわからなくて……私っ……」

 もっと彼の好きな本の世界を知って、いつか彼と二人で語り合えたら楽しいだろうなって、枕の上で考えたこともあった。
 私の知らない世界を教えてくれた彼に、何もお返しできてないのに……。

 もう彼の名前を口にすることも、許されないなんて、悲しすぎるよ。



「そうだったのね。大切な人と喧嘩してしまったのね……」

 差し出されたハンカチを見て、また泣いてしまったんだと気づく。甘い香りが、薄桃色のハンカチに染み込んでいる。

「私も下に弟がいて、小さい頃はよくくだらないことで喧嘩していたわ。距離が近くなるほど、傷つけることってあるわよね」

 そんな話を栗谷先生がしてくれる。
 おっとりした性格の彼女からは想像できない話だったけど、私を慰めようとしてくれる気持ちは嬉しかった。少しだけ元気が出た。

「ねえ、喧嘩した相手って、もしかして図書室の彼?」

「知ってるんですか?」

「名前くらいはね。確か、桐嶋高雅君だったかしら……こんなに可愛い娘にムキになるなんて、不器用な人ね」

 栗谷先生からは、さすがというか、そう話す仕草からも大人の女の人の余裕が感じられる。ひとつひとつの言葉にドキッとさせられる。


「でも、藤澤さんが素直になれば、きっと相手にも伝わると思うわ。男の子って、なかなか素直になれない生き物だから」

 桐嶋高雅は、とてつもなく読書を愛し、他人にはこれっぽっちも興味を示さない上に、根が素直じゃない。どこかの惑星の宇宙人と比べても付き合い難い人だ。


「素直になれないから、あなたのことがきっと必要なはずよ」


 魔法も知恵も使えないけれど、いつか思い描いたあなたとの景色は見られるのかな。
 そしたらいつかあなたの笑顔が見てみたいんだ。