「さて、お前をこの学校に寄越してから早二週間が経とうとしている。特別講師の件は順調かな」
ティーカップを受け皿に戻して、ようやく本題に入るようだ。話っていうのはそれなのね。
「まあ、計画は着実に進んでいるわよ」
「……まさか本題の件も忘れて二人でそれを摘んでおるわけではないな。太るぞ」
「う、うるさい!」
気にしてるんだから言わなくていいでしょう! ここ最近体重計に怖くて乗れないわよ! なのにあの本の悪魔はこれっぽっちも体型が変わってないんだからこの世の神秘よ! 不公平だ!
「ふむ。まあわしもあの変わり者相手に一筋縄で済むとは思っていないが、桃香だけでは些か頼りないか……」
おじいちゃんが珍しく頭を悩ませている。
悪かったわね、頼りない孫娘で。ていうかこっちもあんたの人選だろうが! こっちも不本意でやってるところはあるんだからな!
すっかり冷めきったティーカップの中の緑茶を一口啜り、頭を一度冷やすことにした。いい加減どっちかに統一してくれないかなこの世界観。
桐嶋高雅の攻略にこれだけ手を焼いているとは、図書室に籠る本人は知るはずもないだろう。この人も、どうしてそこまで彼のことを気にかける必要があるのか。
それに、あの人のことをぼんやり考えていたら、彼が可愛がる飼い猫のことが頭に浮かんだ。よく考えたら名前も教えてくれないし、図書室で飼うのはいいのだろうか。
「そういえば、おじいちゃんは高雅さんが飼ってる白猫のこと、何か知ってる?」
あまり深くは考えず、私は口にしてみた。
するとおじいちゃんからは意外な反応が返ってくる。
「白猫? あいつが飼っておるのか?」
「えっ? まさか知らないの?」
「いや、確か……そういうこともできるようではあったが……」
ブツブツと何かを言っては一人で納得している。私は蚊帳の外ということらしい。
言った後で気づいたけど、おじいちゃんに隠れてあの人が白猫を飼っていたのなら、墓穴を掘ってしまったかもしれない。私が口を滑らせたなんてバレたら殺されるかもしれない。
「……今日はここまでにしようか。生憎このあと仕事があってね。桃香と少し話せて楽しかったよ。またいつでもおいで」
色々と強引なところがあるけど、最後にはおじいちゃんらしいことを言って私をドアまで送ってくれる。
屈託ない老人の笑みを見せてくれるけど、私は違和感を拭いきれなかった。私に何も言わず、隠していることがあるように思う。おじいちゃんも、あの人も……。
「熟すのを待ちなさい。桃香。桜が散る頃には、人も環境も少しずつ変わっていくものだよ」
そんなよくわからないトンチを聞かせられて、校庭の桜が見える廊下に追い出された。
風が吹くと、校庭の桜の木は静かに震えているようだった。自分の寿命がもう長くはないことを悟るように……。