しかし、思いもしない障害にそれを遮られる。

「させません」

 扉まで一人で向かおうと立ち上がった私の前に、蓑虫の如く降って湧いた邪魔者によって進路を塞がれる。心臓がこれ以上なく跳ね上がった。

「わ゛あ゛ああああああ!?」

「あ、これは失礼しました」

 腰が抜けて地面に座り込んだ私に、その謎の人物が挨拶代わりの謝罪の言葉を呟いた。ふざけんな! 死ぬかと思ったわ!

「だ、誰なのこの人! またなんて人材使ってんのよあんたは!」

 その光景を呑気に眺めている年寄りに、ここぞとばかりに猛抗議をした。思えば入学式から吹奏楽部やボランティア委員会の人達を使って私をここまでのめちゃくちゃなビブリオライフに巻き込んだ黒幕はコイツだ! 高校生探偵の漫画の最終回の展開なら、なんて陳腐な結末だ。


「お初にお目に掛かります、藤澤桃香殿。この度は殿下からの命を受け、貴女の一連の動向を監視させていただきました。忍部《しのぶ》の者でございます。以後、お見知りおきを」

 黒装束に、口と鼻まで黒の布で覆った不審極まりない男子生徒の正体は、そんな名前の組織らしい。もうどこからつっこんでいいのやら……あんたはどこぞの忍者ごっこする小学生だよ!
 とりあえず仕事をひとつ片付けて、その忍部の方の話を聞くことにしよう。
 今更だけど、忍びに部活動をくっつけただけのお粗末な命名だな。都内トップクラスの高校にそんな名前の部活があるなんて信じたくはない。

 最初の話を聞くに、どうやらこのわけわからない人を使って私をここまでストーカーしていたみたいだし、まあ話をゆっくり聞こうじゃないか。
 私の顔色を伺った忍部の人が、詫びるようにこんなことを口にした。

「確かに貴女に何も言わず、理事長殿の命に従ったことは認めます。姫君」

「ひ、姫!?」

 そんな甘い言葉が彼の口から飛び出して不意打ちを食らう。いつもあのサディストからは大概冷たい言葉であしらわれているから、そんな少女漫画のような台詞に免疫がない。
 よく見たら彼もなかなか整った顔立ちをしている。これは翻弄される女の子も多いだろう。


「まあまあ、落ち着きなさい。私の命じたことにお前が詫びを言う義理はなかろう」

「左様でございますか」

 おじいちゃんの一言に、その人はすぐに身を引いた。切り替え早いなおい。お前はその人達にどんな教育してるんだ。

「前置きはここまでにしましょう。私の役目は、理事長殿の話が終わるまで、貴女をここにとどまらせておくこと……抵抗するようなら、誠に恐縮ではありますが、無礼も承知の上で全力で阻止致します」

 ああもう面倒くさいことになった。なんだその忍者の真似事みたいな構えは。ちょっと様になってるのが腹立つな。
 こんなに戦闘力バッキバキの人に敵うはずもなさそうだから、おとなしくしておこう。おじいちゃんの使う駒のチョイスは、昔から絶妙だ。

 優雅にテーブルのティーカップに口をつけているここの主は、まったく呑気なものだ。

「紅茶も冷める頃だ。桃香も一旦座りなさい」

 どこまでも自分のペースに引き入れようとするその人の図太さに折れて、おずおずと私はもとの位置に座り直す。
 私がおとなしくなったのを見て、忍者の彼は「また何かあらせればお申し付けを」と言い残して、天井裏に消えた。マジックショーか。
 また私の頭を悩ませる奴らが増えてしまった。頭が痛い。

「彼らは優秀な人材だよ。この学院に古から受け継がれる隠密組織の精鋭部隊であり、その隠密技術を駆使して数々の裏仕事をこなしてきた闇社会のスペシャリストというところだ」

 どこぞの裏社会の設定だよ。怖すぎるわ。
 しかし彼らのおかげでこれまでも学院の危機に素早く対応することができたというから、あんなふざけた名前でも重宝されているらしい。裏社会のエリートまで育ててんのかこの学校は。
 これまた穏やかな顔で語っているおじいちゃんの顔が怖い。

 あの様子じゃおじいちゃんへの忠誠心も並のものではないことがわかる。おじいちゃんの右腕というところだ。下手なことをしたら孫でも寝首を掻かれそう。