四月も中盤になると、校庭の桜ももうじきに見納めになる。
 春の日差しは青空のもとで燦々と青葉を照らしながら、やがては熱を帯びていく。

 そんな春の景色を見ていたはずなのに、いつしか私の意識は真っ白に濁る。


 泡の中に身体が浮くような不思議な感覚を味わいながら、そっと目を開ける。


 蜃気楼のような空気が揺蕩う視界には、不鮮明な誰かの影がぽつりと立っていた。
 俯いたその人の小さな手には、ちぎられた本のページが握られている。
 くしゃくしゃになるほど握りしめる手は、まだ幼い子供のようだ。



「       」




 か細い声は何かを言い残して、白い霧の向こうに消えようとしている。


 その姿をどうしてか声も発せず見ていることしかできなかった。彼方に消えていく小さな背中は、当てもなく道を彷徨うように影を揺らしている。




 あの子は、誰なんだろう。

 誰がこんな夢を見させているの——……。


 私はその答えを知らないまま、ゆらゆらと揺れる蜃気楼に吸い込まれるように意識を濁していった……。