「そういえば、君がさっき泣きべそをかいて騒いでいたのは何だったの」

 桐嶋高雅が思い出したように少し前のことを掘り返す。私のあられもない姿を桐嶋高雅に見られてしまったことのようだ。情けなくて本当のことなんか彼には言えない。

「ああ……あれは猫ちゃんを探していたんですよぉ」

「……あ、そう」

 私のヘタクソな言い訳は見透かされていそうだけど、桐嶋高雅は興味もなさそうに相槌を打った。それもなんか寂しい。

「ま、まあ、幽霊とか、そんなものはきっといないですよねえ……」

「まあ、そういう話もここでは聞かないことはないよね。ある日に血塗れの生徒が目撃されたとか……」

 えっ、そんな話おじいちゃんから聞いてないんですけど!? そんなの聞いちゃったら、明日から学校に来られないじゃんかあああ!
 もうこの世の終わりだと、私は嘆く。それくらい幽霊やオカルトに対する免疫がない。血塗れの生徒の幽霊が真夜中の図書室を彷徨っている姿を想像しただけで、布団に包まりたい。

「ふっ……心配はいらないよ。僕のテリトリーを侵害する不届きな奴らは何人《なんぴと》も生きて帰すつもりはないから……」

 あっ、幽霊よりこの人の方が怖かったわ。

「……さっさとその手を離さないと、その猫が化けて出ることになるよ」

「あっ」

 彼に言われて、はたと気づく。あまりの身の恐怖に、そばにいた白猫ちゃんを抱き寄せて、私の腕で危うく押し潰してしまうところだった。
 慌てて手を離したけれど、猫ちゃんが目を回している。きゃあああ、気を確かにいいぃ!!


「……知らないままの方が幸せなこともある」

 猫ちゃんの蘇生にあたふたする姿を見つめて、彼は不意に冷たく言い放った。その微かな呟きは、耳元に届くこともなく、ひとときの喧騒に消えてしまう。