ティーポットと使いかけの茶葉の袋を用意して、こうしてバカは立ち上がる。幸いにも、茶葉の扱い方は自分でも家で淹れたいと思ってネットで調べたから大丈夫。同じものは残念ながら見つけられなかったけれど。

 最後にお湯の給水も終えて、あとは待つだけ。ポット片手にテーブルに戻ると白猫を探す。だけど、白猫の姿はどこにもない。また一匹でどこかに行ってしまったみたいだ。

「これもお皿に移しておこうっと〜」

 ちょうどいいお皿がないか辺りを模索してみる。いろんな引き出しや棚を漁るけど茶葉のストックやティーセットしか見当たらない。
 あー……白猫ちゃんがいてくれたら良かったんだけど……。どこに行っちゃったんだろう……。

「ミィアオ〜」

 手をこまねいていたら、ちょうどそこに猫ちゃんが帰ってきてくれたので、そちらを振り返ろうとしたけれど、鋭い視線が私を突き刺す。

「ねえ、まだいたの……」

 ひと仕事終えたのか、台車を引いて猫とともにやって来た桐嶋高雅は、うろうろと探し物をする私に苛立ったような声で言った。

「帰ったんじゃなかったの。どうしてまだここにいるんだい」

「あの……怒ってるんですか?」

「君の聞き分けのなさに、ほとほと呆れているだけだよ」
 
 さいですか。怒ってるんじゃなくて、呆れられているのですか。桐嶋高雅の機嫌を損ねていないことは幸いだけど、それも全然良くはない。
 
「……何、お茶の用意をしてくれていたの?」

 テーブルに並んだ食器を見て、彼は見当をつけたらしい。ちょうどいいやと、私も彼らの方に向き直る。

「そこの白猫ちゃんにちょっと頼まれて。先輩も一休みしませんか?」
 
 持って来たお手製の包みを見せて先輩のもとに近づき、私は一息の休息をと彼に提案する。

「何、その見慣れない包みに入ってるもの」

「これはですね、紅茶に合うかと思って焼いてきたんですよ」
 
 得意気にそう答えて、中身を開けて桐嶋高雅にそれを見せつける。少し意外そうな反応を見せた。

「へぇ、クッキーかい」

「ふふん! なんと私の手作りですよ!」

「君のことだから、毒でも入ってそうだ」

「入れるか!」
 
 とことん舐められている。私がムキになって言い返そうとするが、桐嶋高雅は肩に乗った猫を手なずけながら悠々と言葉を紡ぎ出す。


「そうだね……仕事も少し片付いたし、僕も一息入れようと思っていたところだ。今日はお言葉に甘えて、君に頼まれてもらおうかな」
 
 そう言ったかと思うとそれが頼みの合図のように、私の頭をくしゃりと撫でて席に着いた。
 ああ、こんなちょっとしたことでやる気がもりもり出ちゃうんだから、バカって損だな。よし、がんばろう。

 こうして即席のお茶会が幕を開けた。
 テーブルまでお皿に盛り付けたお手製のクッキーを、猫ちゃんの相手をしている彼のもとに持っていく。彼の膝の上で甘える白猫ちゃんと、見守る飼い主の素敵な一枚……これほど目に入れても痛くない光景はない。目が癒される。

「毒……入ってないみたいだね」

「まじで疑ってたんですか」

 一口を食べた彼からは、味の感想よりも嫌味なコメントが返ってくる。そんなことが聞きたいんじゃないんです。
 猫ちゃんは気に入って食べてくれているようだ。私の心の拠り所は君だけだよ。

「あ……猫ちゃんにあげた首輪、ちゃんと付けてくれているんですね」

 そのこの頭をなでなでしながら、この間猫ちゃんにあげた首輪を見て、その話題を振る。
 視線を向けられた彼は何故かバツが悪そうな顔だ。
 
「……別に。その猫が気に入っていたみたいだから、付けてやったまでだよ。僕は知らない」

「ほお〜? 先輩こそ天邪鬼なんですか? もっと素直になったらどうなんですか?」

「僕はいつだって素のままだよ」
 
 そうやって目線をずらして、テーブルの上のお菓子をまた摘んだ。そういうところですよ。ほんと素直じゃない。
 でもまあ、お口に合ったのなら作ってみた甲斐があるもんだね。本当に甘いものは好きなんだ。たまにはこういうのもいいかな。