「伝票に書くのは僕がやるから、君は本の状態を調べて」
最初に比べて勢いを失くしつつも、私は言われた通り本棚へと手を伸ばす。
開いたその一冊目は、見事に虫喰いにやられていた。
ここからが私の腕の見せどころだと、伝票係の彼に向けて意気揚々に報告する。
「先輩、これ虫喰いにやられてます」
「その本の題名と著者は?」
「え? いや、ちょっと待ってくださいね……走る馬……ひっちょう?」
「…………」
「あ、あははー……ち、ちなみに作者はですね……ひんそうのよいこ?」
「ふざけてるの?」
決してふざけているのではありません。お願いですから、その懐に見え隠れしている物騒なブツはどうぞお仕舞いください。
あとから気づいたけど、漢字書けないバカが見ても読めるわけないよねぇー。盲点でした。
ちなみに、桐嶋高雅に渡して漢字を読んでもらったところ『走馬灯』と『品倉良子』と読むらしい。ほえー。
なんてぼんやりしていたら、手の中の本も取り上げられてしまった。
「これ以上惨めになりたくないのなら、潔く帰るんだね」
そんな言葉を言い残して桐嶋高雅はさっさと踵を返し、次の本棚に移動してしまった。
私はそんな背中を見送ることしかできなかった。だってこんなバカは彼の役には立てないことがわかってしまったから。もうおとなしく帰ろうか……。
「ミィアオ〜〜」
「あぶッ!」
声に反応して顔を上げてみたら、顔面に何かが直撃した。鼻が強烈に痛みを覚える。
私は涙に滲んだ目で、どこかの本棚から落ちてきた猫ちゃんに愚痴をこぼす。白猫ちゃんは天使のような毛並みで、私のそばにすり寄って来てくれる。ちょっとだけ慰められてしまった。
しばらくそのまま猫ちゃんのもふもふの毛並みに慰められながら、猫ちゃんが可愛く鳴いたあとに先陣を切って歩き出したから、それについて行くことにした。
白猫ちゃんについて行った先には、図書室の出口ではなく、カフェの設備を備えた給水場だった。私はあの人にコテンパンに言われて、もう帰ろうと思っていたんだけど……。
白猫は態となのか、はたまた本当にわかっていないのか、私をその黄色い眼差しで捉えて可愛く首を傾げてみせる。その姿が可愛いすぎて、はっきり言うにも言えないのでまた困る。
テーブルの上に置かれていたティーセット一式が目に入り、白猫が何かを訴えかけるように私を見つめて鳴いた。
「うん、わかったよ。君の主人のために、今日は私が紅茶の支度をしてあげる」
「ミィア〜〜」
ちょうど持って来ていた袋もあるし、ここは挽回のために一肌脱ぎますか。何より可愛い猫ちゃんのためなら仕方ない。