――とかちょっと油断していたら、仕返しのようにパスが突然回される。

「『セブラの冒険記』作者、尾道菀。概要、表紙面の全体的な汚れ、及び紙面の数箇所の破損が見られる。また、36ページ前後の紙面が……」

 一言一句を淡々と私に投げかけるが、ちょっと油断していたからあたふたと紙にペンを走らせる。一言くらい声をかけてほしかったよ!
 そんなところに、桐嶋高雅のさも不安そうな声が届く。
 
「……ねぇ、ちゃんと記述してる?」

 ひょいっと私の手から書きかけの伝票を奪ってその目で確かめる。その顔が見る間に曇るのを目の当たりにして、やっちまったなあと確信したのは難しくない。
 
「……ねぇ、君ってバカのくせに古代のギリシア文字が書けたの?」

「あの、一応日本語です……」

 か細い声で答えるのだけれど、桐嶋高雅からは哀れみの混じった、ただただ痛々しい視線が返ってくるのみ。
 そんな目で可愛い後輩を見なくても……と言いたいところだけれど、私も自分が書き綴った解読不可能な文字の羅列を見て、ふざけたことは撤回した。

 気を取り直して、もう一度丁寧に頼み込んでゆっくり読み上げてもらうことにした。
 さっきは合図もなく突然のことで、殴り書きだったからああなったのであって、心のゆとりさえあればバカでも難なくこなせるはずだ。
 自信に胸を膨らませて、書き直した伝票をもう一度見せる。今回はなかなか上手く書けた気がする。
 
 するとその伝票で前頭部を思いっきりぶっ叩かれる。
 
「痛ーーーッ!! いきなり何するんですか!?」

 ハゲるかと思った! キレがよすぎてハゲるかと思った! ベタだけどおやじにもぶたれたことないのに!!

「黙りなよ、このポンコツ以下頭。漢字のひとつぐらい、書けないのかい」

「あっ」

 バレたか〜。まあそりゃあバレるよなあ。と読めるもののひらがなだけで埋まった紙面から目を逸らした。
 
「べ、別に、ひらがなだって立派な文字ですし、大した問題じゃないですよ」

「高校生にもなって漢字と平仮名の違いもわからないと? 僕に手を焼くより、輪廻転生して人生やり直してきた方がいいんじゃない」
 
「あのですね、私も可能なことならいっそのこと赤ん坊に戻って毎日毎日ばぶぅばぶぅ泣いていたいですよ」

「……見事な負け犬根性だよ」

 思わず口から出た本音に、喧嘩を吹っかけた相手も呆れてしまったようだ。私も自分で言ってて悲しくなった。さらに桐嶋高雅が、私の目の前で惜しげもなく伝票の紙を破ってくしゃくしゃに丸め出す始末だ。ばぶぅ。