手と首に、無情にも冷たい枷を嵌められてしまった私は、力及ばず吹奏楽部を名乗る彼女たちに従う、というか、半ば強制連行というか……しばらくは知らない路地を歩き続けて、白亜の建物の前にたどり着いた。
泣く子も呆れるバカの私でも、あれが校舎だということはわかる。嫌な予感がする。外観は日本の学校というより、どちらかといえば外国で見かけるようなお城みたいで品のある感じ。
無機質な校舎の威圧感に、なんだか気圧されてしまう。だけどこの時は珍しく、私の中である勘が冴え渡っていた。一言で言うならとてもやばい。
隙を見て逃げ出したいけどそんな隙を与えてくれる人達でもなく、吹奏楽部のみなさんとともに鉄柵でできたご立派な裏門を潜る。正門の方はたぶん新入生とかそれを出迎える先輩方がわんさかいて、当然ながらこの格好では通りにくいのだろう。私もこんな拘束された姿を表に晒す気はさらさらないので、渋々だがおとなしくしてついて行った。
校内をそれなりの人数でコソコソ移動していると、シャンデリアやら高価な美術品などが展示されていて、さながら美術館かと目を疑う。私立高校のくせにとドン引きを隠せないが、されるがままに長い廊下を歩いているとようやく足を止めたのは、理事長室と書かれた部屋の前だった。
先に吹奏楽部の人が木製の扉を軽く叩いて、来客を報せた。
「理事長、藤澤桃香さんをお連れしました」
それから彼女が立っていたポジションをこちらに譲ってくる。「さぁ、どうぞ」なんて涼しい笑顔で言われても、こちらとしては本当にいらない親切なんだけどなぁ……。
「……あの〜、この手と首のやつ、そろそろ外してもらえますか?」
促されるまま扉を開けようとして、ふと気づく。私は未だ拘束の身であり、枷を嵌められているのだ。鉄製のそこそこ重い感じの枷を。これじゃあ開けようがないじゃない。
吹奏楽部の人も、今まさに私に指摘されて「思い出した!」みたいな顔で、いそいそと制服のポケットから鍵を取り出す。
忘れてたってあなた……随分と無責任じゃないですか? 結構落ち込みますよ……。
鍵を取り出して、枷を外してもらう。そういえばここに来る間に、随分と人数が減ったような気がする。うちに来た時は確か数十人いただろう吹奏楽部員の人達は、今では枷を外してくれる彼女一人だけだ。
他はどうしたのかと、ふと彼女に尋ねてみたところ、
「入学式の演奏に向けての、最後の音合わせに行きましたよ」
とけろっと教えてくれた。
待て待て待て待て、それってきっと私を拉致しに来ることより重要なことじゃないかな? うちに来るより練習しろよ!!
募る不満は次から次へと湧き出るが、こんなおかしな人達にぐちぐち言っても仕方ないし、それよりもようやく手枷が外れたことの方が嬉しかった。鳥籠の鳥が羽ばたく瞬間のような解放感を噛み締めていると、そこには忽然と吹奏楽部の人はいなくなっていた。怖えええ。
さて長くなったけど、ようはこの扉の向こうにいる人が主犯格ということだ。今日の私冴えてる!
これまでの鬱憤を吐き出すように力強く両扉を開けた。そして部屋の奥で寛いでいるその姿を見つけると、私は大声で問い詰めた。
「一体全体どういうことなの! おじいちゃん!」