今日も軽快な足取りで図書室へと続く廊下を歩いていく。私の手にはこの日特別な小包を抱えている。これから押しかける相手の反応がとても楽しみだ。
時刻は昼過ぎ。ノックは省略して、重厚な扉をスライドする。
「こんにちはー」
しかしそこに返事が返ってくることはなく、広く無機質な図書室の静寂に消えていくだけだった。
……別に、傷ついてなんかいないよ。何せ、今や私のガラス細工のハートは、どんな毒舌をも打ち砕く鉄槌と進化を遂げていたのだから。本当だよ?
のこのことカウンターで本を読んでいるであろう人のもとに近づくが、まさかのもぬけの殻だ。読みかけの本すら見当たらない。
「おかしいなあ……」
ここに来て初めての事態に、少し困惑してしまう。仕方ない。少し待つか。
昨日は珍しく本から目を離して、桐嶋高雅は美味しい紅茶を淹れてくれながら、私にこれまで読んだ本の内容を話して聞かせてくれた。
二人で紅茶をいただきながら『カーメル・フォスト考案の古細菌の生育構成及び生物学的用法』と、昨日読んでいた『ファントム・ホミシデ・アクシデンタル』って名前のどこかの国の殺人鬼の話を噛み砕いて説明してくれた。
彼はきっと私にもわかりやすいように話してくれたんだろうけど、その時の私には「生物」と「サスペンス」くらいしか頭が追いつかなかった。バカな頭が憎い。桐嶋高雅からは、蔑むような目で見られたことは言うまでもない。いいもん。別にわからなくたって、生きていけるもん。
でも……と、あの瞬間の柔らかい表情は今でも思い出す。いつもは何考えてるかわからないけど、本のことをひとつひとつ話してくれるときは、本当に好きなんだって伝わるよ。
もったいないなあ。ああいう顔を隠しちゃうなんて。