「ミャア〜〜」

 そこに今まで姿を見せなかった白猫が、いつの間にか彼の足元に付いていた。白猫ちゃん、この飼い主どうにかして〜!
 ちょうど下を向いたときに、手に持っていたはずの本が床に滑り落ちる。それを見て、私も彼も動きが止まる。

「……本?」

 あっ……と気づいた頃には、彼に本の表紙を見られてしまった。ああああっ。

「君が本に興味を示すなんて……」

「ほ、本くらい読みますわ!」

 じとりと訝しげな目で見られ、思わず反発してしまった。本当は小学生以来まともに読んだことがない。

「そうか。こんな本のために、君はあんな無茶をしたのかい」

 ぐぬぬ。何も言えない。黙り込んだ私を見て、彼は呆れた声をこぼした。

「……あの脚立、だいぶ古くなっていたから使用禁止にしてあったんだよ。まさか君が本を取るとは思わなかったから、少し驚いたな。そんなに僕の読むものが気になったのかい?」

 少し苦味を含んだ笑みをこぼして、彼が私に問いかける。バレてしまった。抱っこされたままだと尚恥ずかしくて声が出ない。

 向こうで白猫が引っ掻き回している『カーメル・フォスト考案の古細菌の生育及び生物学的用法の可能性』のことだ。
 少しでも彼との接点を作れたらと思って手に取っただけなのに、こんなことになるなんて……。

「い、いつまで抱っこしてるんですか!」

「さあ……君って意外に天邪鬼だね。あの老いぼれとは似てないな」

 悪戯っ子のようにくつりと笑って、私を下ろす気配はまったくないようだ。心なしか私の反応を楽しんでいる……?
 ふと立ち止まったと思うと、ようやく私を下ろす気になったわけでもなく、後ろの猫に向かって声をかける。

「あ、悪いけどそれ、こっちに持ってきてくれる? 僕は今両手が塞がっているから」

「私を下ろしてくれたらいいじゃないですか」

「嫌だよ。君の面白い反応が見れなくなるのは惜しいからね」

 お前やっぱり人の反応見て楽しんでるだろ!! こっちの心臓が持たないわ!!
 足をジタバタしたけど逃げられるはずもなく、目で落とすぞと脅迫までされてしまった。おとなしくするしかない。しかも、暴れた反動でバランスを崩しかけ、思わず彼の胸に自分から掴まりにいってしまった。ちょっといい匂いがする。
 
「……大胆なんだね」

「だあぁぁッ! 違っ、その、びっくりして……!」

 やってしまった。また彼のおもちゃにされてしまった屈辱に耳が赤くなる。どうせまた面白おかしく私の反応をからかうんでしょう。もう動かないんだから。

 主導権をあっさりと持っていかれ、泣く泣く彼に抱きかかえられた状態でどこかへと連れて行かれるようだ。

「君が言ったんでしょ。お茶をご馳走になるって。生憎と一人じゃ飲みきれない量の茶葉が余ってるから、特別だよ」

 いつもの淡々とした口調で、桐嶋高雅が言った。
 じゃあ、私をたまたま助けてくれたのも、探してくれてたのかな? なんてね。偶然だよね。

 でも、少しずつ彼との距離が縮まったような気がして、私はおとなしく彼のエスコートに甘えることにしたのだった。