テーブルの陰に身を潜めて、未だにトラウマ から立ち直れないでいる私に、気にかける素振りもなく気を取り直した桐嶋高雅が問いかける。
「それで、今日も懲りずに何しに来たわけ」
こんなことなら私も引き籠もってればよかったと文句を垂れるが、言ってても仕方ない。今日も懲りずに来た理由を、彼の前に差し出した紙袋に入れて渡した。
中に入っているそれを見て、向こうは目を丸くしている。
「……これは」
「キャットフードに……猫ちゃんに似合うかと思って買ってみたんですよ。首輪も付けないなんて、野良猫に間違われますよ?」
猫ちゃんのエサを買いに行ったついでにたまたま見つけた水色の首輪に、ワンポイントで三日月が付いているものだ。一目見て、あの白猫ちゃんに絶対似合うと思った。
「……どういうつもり?」
「先輩だけじゃ、お世話しきれないんじゃないかって不安なんですよ」
「大きなお世話だよ。こんなのいらない」
「先輩にはあげませんよ。ところで猫ちゃんはどこにいるんですか?」
思えば、今日はまだあの猫の姿をまるっきり見ていない。いつもなら自分から鳴いて出て来てくれるのに、つくづくどうしたのかと心配に思い彼に尋ねた。
「さあ、知らないよ」
と桐嶋高雅は答えるだけだった。いつもの自分の席に戻って本を読んでいる。薄情な飼い主だ。
「よく自分の意思で勝手にどこかへ行ってしまうからね。頭はいいこだから、心配はしていないけど」
少し困った顔で、そんな小言を私にこぼす。飼い主なりに気ままな猫ちゃんに手を焼いているということか。
「そういうことだから、猫ならここにはいないよ。残念だったね。早くそれを持って帰るといい」
ほら出た。何かと理由をつけて私をここから追い出そうとするやつぅ。
こちらとてただでバカをやってきているわけじゃないことを証明して見せようじゃないか。
「またここには帰って来るんですよね。私、ここでお茶をご馳走になりながらゆっくりと待っていますから」
にんまりと、語尾を強調してそう言えば、また相手からは睨まれる。さっきのあれでだいぶ耐性がついてきた。
「……図々しいよね」
「よく言われます」
「…………」
桐嶋高雅がそれきり黙り込んでしまったので、図書室は無言の音が木霊している。
彼が言う通り散歩にでも出かけているのか、見渡しても猫ちゃんの気配はない。暇だな。