「ありがとうございます」ってお礼を言っても返事はなくて、どうにか話を繋げようとするけど、早足に廊下を進んでいく彼に着いていくのに精一杯で、特に会話という会話はなかった。
私は白猫を胸に抱いて、彼の背中を追いかけるように後ろをついていくだけだ。仲良くなるきっかけなんて掴み損ねてしまっていた。
その人の背中をただ追いかけながら、内心は焦ることしかできない。早足に先を行かれると、避けられていると思って思ったように言葉が出ない。
当たり前か。あんなにしつこくしてしまったんだ。嫌われても仕方ない。
向こうから何か話しかけるはずもなく、時間だけが淡々と流れている。おじいちゃんのお願いは残念だけど叶えてあげられないかなあ……。
そんな私を心配そうに見つめる猫ちゃんが、黄色い大きな瞳を向けてくれる。
本当に猫って空気に敏感なんだなと思う傍ら、白猫を安心させるために微笑みかけた。
「ねぇ、君」
……うん? 今猫がしゃべったの?
「ねぇ、聞いてるの?」
「は、はいいぃ! 聞こえております!」
ほぼ反射的に返した言葉は拍子抜けしていた。自分でもなんて素っ頓狂な返事をしているんだと穴に入りたかった。
桐嶋高雅はそれも大して気にしていないように進路を向いたまま、こちらを見ようともしないで話しかける。
「君……もしかして昨日も図書室に不法侵入した、あの時の輩かい?」
どうやらこの人は今頃思い出したようだ。遅えよ! それに不法侵入って……図書室はみんなのものだよ! めちゃくちゃだよ!
そんなことを正面から言う勇気を、こんなチキンの私が持っているはずもないので、小さく頷くしかない。
私の頷きに、桐嶋高雅は意味のあるようなないような、曖昧な吐息を漏らして言った。
「なら言ったよね。昨日、来ないでって。どうしてまた懲りずに来たんだい」
その声が、また一段と低く感じた。
「あの……怒ってますか?」
「…………」
何も返事がない。私の前を歩く彼は、どんな顔でそれを聞いているのだろう。
私がここに来てから見た彼の顔なんてムスッとした怖い顔だけだ。笑ったことなんてあるのかな。
「その……図書室に来たのは、おじいちゃんに頼まれたのもありますけど、あなたがどんな人か少し気になったから……」
「………別に、気にかけなくていいよ。僕のことは放っておいてくれて構わない」
まただ。近づこうとすると、あなたはまたそうやって突き放す。自分から一線を引こうとする。どうして?
そんなの強がりにしか見えないよ。