きっとバカのわけのわからない言い分に、桐嶋高雅は戸惑っていることだけど、ここで譲らないことは相手にも気づいてもらえたかもしれない。いや、呆れてものも言えないだけか。



「ミャア〜〜」

 
 そんな二人の間に割り込んできた声の主が、私の足元にすりすりと寄って来た。例の白猫だ。
 私のもとにすり寄る白猫に、桐嶋高雅が反応した。

「ほら、こっちに来るんだよ」

 お? なんだか落ち着いた声で、彼は白猫を自分のもとに引き寄せようとしている。昨日は猫なんて知らないとか言ってたけど……。
 その白猫は私のもとを離れようとしないし、とうとう私の後ろに回りこんで隠れてしまった。

 その時の彼の機嫌はすこぶる悪くなったのだろう。顔に表れている。怖っ。おまけにしつこい新入生に付き纏われているし、まあ私のことなんだけどさ。
 またこっちに視線を向けた彼に何を言われるのか身構えていたけど、その人は何も言ってこなかった。代わりに何も言わず私の腕を引っ張って、半ば無理やり中に引き入れた。後ろの猫ちゃんもそれについて来る。

 あれ、なんか思ってたのと違うけど作戦成功? ていうか、手握られてるんだけど……!?
 形はどうあれ、桐嶋高雅に手を引かれて図書室に迎えられるこの状況、心臓が持たない。けど、私の動揺など知ったこっちゃない彼は、近くのテーブルに私をさっさと座らせる。そして「ここにいろよ」と睨みを利かせると、自分はさっさとどっかに行ってしまう。

 その時の睨みがあまりにも本気だったから、微動だにもできなかった。少しでも動いたら殺されそうだ。


「ミィア」

 そこにまたさっきの白猫が顔を出してくれた。私の足元にすり寄るそのこを、両手でそっと持ち上げた。

「ここに入れたのも、君のおかげだね。ありがとう、白猫ちゃん」

「ミィアオ〜」

 大きな目が私の声に頷くように、三日月になる。そのまま腕に抱きかかえると、おとなしく寛いでくれた。白くてサラサラで可愛い。
 白雪のような毛並みを堪能しながら、つくづく不思議な猫だとこれまでの出来事を振り返る。
 まるで私の言葉がわかるように頷いたり、昨日は三階から落ちても無傷だったし……猫ってそういうものか。

 深く考えずそう納得して、しばらく桐嶋高雅を待っているとようやくテーブルに戻ってきた。その手にはトレーに何かをのせている。
 テーブルにかけられたレースのクロスの上にそれをのせて、それをよく見せてくれた。桐嶋高雅が慣れた動作でお茶を用意してくれる。これは何かの前兆かと猫ちゃんを抱きしめたまま、彼の動きひとつひとつに神経を尖らせた。あの綺麗な指先に毒でも仕込んでるのか!?
 やがてふたつのティーカップには、紅茶らしきものが注がれる。そのひとつを私へと差し出しながら、桐嶋高雅は言った。
 
「これ、飲んだら帰ってよね」

 そう言うやいなや、自分の分のティーカップを持ってどこかに移動する。やっぱり冷たい人だ。桐嶋高雅。

 彼は図書室のカウンターで本を読んでいるらしい。その所作が女の私なんかよりずっと綺麗だ。負けた。

 それはともかく、彼が読んでいる本の内容が気になる。分厚い本だなあとまじまじ観察してみると、どうやら外国の本らしい。漢字すらままならないバカには無縁の話だ。けっ。

 とりあえず出された紅茶を冷めないうちにいただくことにする。舌に広がる上品な甘酸っぱい味と香りが、バカでもわかるようにこれがなかなかの高級品であることを主張していた。こんなのを普段から飲んでいるなんて……桐嶋高雅、何者なのよ。
 ちらりとカウンターを見ると、同じものを飲んでいる桐嶋高雅の姿はとてもいい絵になっている。同じ人間なのに、どうしてこうも違うのだろう……。

 ええい、落ち込んでいる場合ではない!
 当初の目的を果たすべく、残りの紅茶を飲み干して気持ちを落ち着かせる。少し咽せた。膝の上の猫ちゃんが心配そうにこちらを見上げている。