「この辺りは野草だね」と、ナオさんは通路の端を見ながら言った。

 「こういうのもわかるんですか?」

 「ある程度はね」

 「本当にすごいですね。知らないこととかないんですか?」

 「なにを言う」と彼は笑う。「知らないことだらけだよ」

 「それが嘘にしか聞こえないんだからすごいですよね」

 「君は存外疑い深い人なんだね」

 「この頃素直じゃなくなっちゃったので」と笑い返せば、ナオさんはただ穏やかに、「そうか」と笑う。一度は失いかけた素直さを取り戻しつつある、というこちらの中身がわかっているようだった。

 あっ、と、わたしは足を止めた。ナオさんも足を止め、そっと横を向いたわたしの横に着く。「あの白い花かわいい。ちょっとコチョウランに似てる形の」

 「ああ、トキワハゼだね。一年草で、花は基本的に四月から十月程度まで咲く。これも、いつの誕生花でもないんだ」

 「へえ」いつの誕生花でもない花というのは少なくないのだろうか。

 「漢字では、地名の常盤に爆発の爆って書くんだ」

 「かわいい見た目して物騒な漢字当てられましたね」

 「花言葉はかわいくて、『いつもと変わらぬ心』っていうんだ」

 「そうなんだ」

 「『常盤』は長期間花を咲かせること、『爆ぜ』は種の入った丸い実がはじけることに由来するみたいだよ」

 「へええ。じゃあ、花言葉の『いつもと変わらぬ心』っていうのも、その長期間咲き続ける花に由来するんですか?」

 「そうみたい」

 「へええ」

 植物っておもしろいですねと言うと、ナオさんは「それはよかった」と微笑む。しかし美しい人だ。絵を使って魅せる作品なら、この人を描けば登場人物は一人出来上がるだろうなどと、つまらないことを考えてしまうほどだ。