母から受け取る濡れた食器を拭き、作業台に重ねていく。「はい最後」という言葉とともに受け取った皿を一番上に重ね、一気に食器棚へ納める。背後に居間からのバラエティ番組の音声が聞こえ、「お父さんもたまには手伝ってくれればいいのに」とわたしは呟いた。「無理だよ、あの人は考えが古いの。『男は台所に立たない』から」と、母は少し大きな声で言う。「地獄耳ってのは嫌だなあ」と言う父の声に、「そうでなくても聞こえるように言ったのさ」と母は笑い返す。「聴力検査を兼ねたのよ」と言って、彼女は「荷物見てみれば?」とわたしに言った。わたしは「そうだね」と返して、「玄関上がってすぐのところに置いてある」と言う母の声に「了解」と返す。

 “玄関を上がってすぐのところ”に、確かに段ボール箱が置いてあった。鋏忘れたと思った直後、「忘れ物だよ」と母の声が聞こえた。振り返ると、彼女は鋏の柄の方を差し出す。礼を言って受け取り、段ボール箱を開ける。

 「なに入ってる?」と言って、母はわたしの隣にしゃがむ。開いた段ボール箱の中には、見覚えのある濃い茶色の袋が入っていた。

 「コーヒーチョコのウエハース……」

 「ああ、確かに楓好きって言ってたね」

 「そうだっけ」

 「覚えてないの?」

 「どうなんだろう」と返すと、母は「他人事みたいに言って」と笑う。

 「あと、バナナチップスとドライフルーツ。あと、ちょっと高そうなチョコ菓子。随分くれたね」まあ箱は大きいと思っていたが、と心中に苦笑する。

 「こんなにいっぱいどうしよう」

 「友達にでもあげればいいんじゃない?」

 「お母さんはいつからそんないけずな魔女になったのかな。わたしに友達と呼べる友達はいませんよ」

 「あら嫌だ、悲しいことを言うねえ。高校の頃の友達は今だって友達でしょう?」

 「もう音沙汰ないよ」

 「連絡くらい取り合いなさいよ」

 「特に要件もないし」

 「それでも連絡するのが友達でしょうよ。わたしなんかあれよ、未だに高校時代の友達と連絡取ってるからね。もう三十年近い付き合いよ」

 「仲がいいのは何よりです」

 「久々に連絡でもしてみれば?」

 「お菓子のお裾分けよおって?」

 「いいじゃない。そういう何気ないことを発端に、またかけがえのない存在になったりするものよ」

 「ふうん」

 「まあ、楓の場合は自分で全部食べるっていうのも選択肢の一つじゃない?」

 お風呂入らなきゃと言って、母は身軽に立ち上がった。わたしは段ボール箱の中の菓子類を眺め、少しずつ食べればいいかと息をついた。