兄は恐怖していた。皆が自分を見ている。今までとは違う目で、見ている。自分の顔を見て、無知という言葉は認めず、対義語にも当たる博識の言葉を認める。その事実が堪らなく恐ろしかった。違う、僕はそんな大層な人間ではないと、必死に叫んだ。違う、違う、そんなふうに見ないでくれ。
先日、高齢者から金を騙し取った男が逮捕されたとのニュースを見たが、自分も同じようなことをしているのではないかと兄は思った。騙しているのだ、周囲の人々を。なにも知りやしないのに、読み漁った書籍とインターネット記事で人並みを装った面を下げている。結果はそれだけでない。周囲の人々は、僕を博識な人間と見ている。それに実力が伴っていれば、これほど恐れはしない。剥がれるものがないのだから。しかし、現実はそうではない。僕はなにも知らない。ふとした瞬間に、吊り下げた面が欠けたり、風に靡こうものなら、周囲の人々はどうなるだろうか。その瞬間に僕のすべてを知り、憐れむなり軽蔑するなり、対応は大きく変わることだろう。やがて訪れようその瞬間が、兄の頭を占領してならなかった。兄はそれを恐れ、発狂しそうになった。
暗闇が明るい。月は雲に身を隠し、部屋側の窓にはカーテンが広がり、照明は常夜燈さえ点いておらず、部屋は雨戸を閉め切ったときに並び最も暗い状態にあるはずだ。その暗さが、兄にはいやに明るく感ぜられた。曇った真昼、見上げた空の奥が眩く感じるのに似ている。時計は何時を示しているだろうか。じきに陽が昇る頃だろうか。
先日、高齢者から金を騙し取った男が逮捕されたとのニュースを見たが、自分も同じようなことをしているのではないかと兄は思った。騙しているのだ、周囲の人々を。なにも知りやしないのに、読み漁った書籍とインターネット記事で人並みを装った面を下げている。結果はそれだけでない。周囲の人々は、僕を博識な人間と見ている。それに実力が伴っていれば、これほど恐れはしない。剥がれるものがないのだから。しかし、現実はそうではない。僕はなにも知らない。ふとした瞬間に、吊り下げた面が欠けたり、風に靡こうものなら、周囲の人々はどうなるだろうか。その瞬間に僕のすべてを知り、憐れむなり軽蔑するなり、対応は大きく変わることだろう。やがて訪れようその瞬間が、兄の頭を占領してならなかった。兄はそれを恐れ、発狂しそうになった。
暗闇が明るい。月は雲に身を隠し、部屋側の窓にはカーテンが広がり、照明は常夜燈さえ点いておらず、部屋は雨戸を閉め切ったときに並び最も暗い状態にあるはずだ。その暗さが、兄にはいやに明るく感ぜられた。曇った真昼、見上げた空の奥が眩く感じるのに似ている。時計は何時を示しているだろうか。じきに陽が昇る頃だろうか。