「なんだ、雅。辛気臭いぞ!」

 床に腹ばいになり、足をぶらぶらさせていた手のひらサイズの小鬼がこちらを見て怪訝な顔をする。褐色の肌と髪、トラ柄の布を胸と腰の辺りに巻いている彼は名をトラちゃんという。

「これを見ろ! うまそうなもん見ると、元気が出るぞ!」

 トラちゃんが私のスマホを抱えて、隣にやってくる。ディスプレイには、コンビニに新登場したという『エビチリ肉まん』の画像。前は結婚情報誌、今回は肉まん。トラちゃんは人間の世界――現世の物に興味津々だ。

 するとそこへ、この神社を守る狛犬兄弟が昼食を運んできた。犬の耳と尻尾が生えた彼らは、おそろいの浅葱色の袴を着ている。ふたりは朔の身の回りの世話をするためか、この神宮では人型で過ごしていることが多い。

「なになに? なんの話?」

 一緒になってスマホ画面を覗き込んだのは、白くん。ふわふわの白髪に、つぶらな青の瞳をしている。見た目は六歳くらいの男の子だが、五百年は生きているのだとか。

「トラちゃんが現世のエビチリ肉まんにご執心なの」

「なんだ、その身体に悪そうな食べ物は。エビと肉を一緒に食べるのか? 俺たちの料理じゃ不満とは、贅沢なやつだ」

 箱膳を並べながら、ギロリとトラちゃんを睨みつけるのは黒だ。二十代半ばくらいに見えるが、彼も人とは比べ物にならないほどの年月を生きている。

 彼の黒髪と褐色の肌によく映える青の瞳は、白くんとは反対に切れ長。最初はその目つきの悪さと威圧感に押されるばかりだったが、今では慣れたものだ。

 そして、ふたりの額に浮かび上がっている桜の痣。これは主の神である朔への忠誠心を表し、眷属――従者の証らしい。

 実は私の左手の甲にも、桜の痣がある。朔がくれた祝福ので、私が敵とみなしたあやかしや神様を弾く力があるのだ。いわば防犯用のスタンガンみたいなものである。