「騒がしいな」

 障子窓に寄り掛かるようにして、男が月明かりに照らされた池を眺めている。見た目は二十代後半だが、かれこれ千年ほど生きている私の旦那様だ。

 いつもは頭の高いところで結っている長い銀髪を下ろしている。畳の上に流れるように広がっているそれは、踏み荒らされていないまっさらな雪のよう。

「今、何時だと思っている」

 月とも太陽ともとれる金色の瞳が不機嫌そうに細められた。今までの彼なら、ここで『夜這いか?』と、からかってきたはず。それなのに、この塩対応。私が部屋を訪ねてきたことすら迷惑そうで、朔の気持ちを確かめようという心意気は萎んでいく。

 私、朔を怒らせるようなことしたっけ?

 その場に立ち尽くし、自分の行いを振り返っていたら――朔がため息をつきながら腰を上げた。無言でこちらまで歩いてくると、肩にかけていた羽織りで私を包む。

「そのような薄着で歩き回るな」

 以前の私なら、こうして気遣われるだけで幸せだった。けれど、心が結ばれたからこそ足りない。もっと朔に近づきたいと思うのは、私のわがままなのかな。

「あの、朔。まだ寝ないなら、少しくらい話をしない?」

『一緒にいたい』とはさすがに恥ずかしくて口にできなかったけれど、私なりに勇気を振り絞った。だが、返ってきたのは冷たいひと言。

「……いや、もう眠る。お前も部屋に戻れ」

「でも、今来たばかりだし!」

「夜も遅い。いいから、ここから出ていけ」

 なかなかパンチの利いた言葉だった。

 朔は私を部屋の外へ追い出し、ぴしゃりと襖を締める。