最悪だ。

 ホントマジで最悪だ。なんで大絶賛傷心中の俺が好きな人とその彼氏のラブラブランチタイムに遭遇しなくちゃなんねーんだ。なんだよ中庭のベンチで昼飯って青春ドラマかよ! 二人して幸せそうに笑いやがって! 喉の渇きなんて我慢すれば良かった。自販機にさえ行かなければあんな所見なくて済んだのに!

 おかげで午後の授業は散々だった。おい、朝の情報番組! 何が〝今日の運勢第一位は蟹座のあなた! 何もかもが上手くいく日!〟だよふざけんな。断トツ最下位じゃねーかあれ占ったやつ訴えてやる!!

 香里先輩とその憎き彼氏との思わぬ遭遇で深海より深い精神的ダメージを負った俺が部活前に向かったのは、人気(ひとけ)のない図書室だった。自分でも何故ここに来てしまったのか分からない。ただ、二人を見た瞬間彼女の顔が浮かんだのだ。あの人なら俺の気持ちを分かってくれるだろうという仲間意識のせいだろうか。……理由はまぁ良い。それより今はこの感情を吐き出す事の方が優先だ。

「聞いてくれ!」

 こないだと同じようにカウンターに座っていた藤野美月は、俺と目が合うと驚いたように大きな目を開いた。

「なに? まだ私に文句あるの?」
「文句っつーか愚痴なんだけど!! めっちゃ言いたいのに誰にも言えなくて!! お前ちょっとでいいから聞いてくれ!!」
「はぁ?」

 怪訝そうに眉根を寄せる藤野美月の近くに行くと、俺は勝手に話を進める。

「香里先輩、今日アイツとお昼食ってた!!」
「そりゃ彼氏だからねぇ」
「しかもそれ、手作り弁当だった!」
「そりゃ彼氏だからねぇ」
「これから毎日作るって言ってた!」
「そりゃ彼氏だからねぇ」

 彼氏という単語のジャブが俺の胸を何度も殴る。

「てか、付き合ってるんだから当たり前じゃない?」

 はい、ノックアウトーーーー!!

「うわあああああああなんだよずっりーよおおおおおお! 俺も香里先輩手作りの甘い玉子焼き食べたい!! アスパラベーコンのアスパラ残したら野菜も食べなきゃダメでしょって叱られたい!! タコさんウィンナーって可愛くない? って上目遣いで言われたい!!」
「え、君まさかそのやりとり全部見てたの? ストーカー?」
「ああもうなんなんだよ河口爆発しろ!!香里先輩だけ残して爆発しろおおおお!!」
「……君さぁ、ちょっと色々拗らせすぎじゃない?」

 自覚はある。が、今はほっといてくれ。俺はふてくされたように頬杖をついた。

「つーかさぁ、最初からずるいんだよ。俺はただでさえ年下ってハンデがあんのにさ。あっちは同じ学年で同じクラス。つまり授業も行事も全部一緒! 席替えで隣の席になるチャンスだってあるし、修学旅行も一緒に行けんだぜ!? まったく不公平だよなぁ。あーあ、俺もあと一年早く生まれたかった」
「たった一年、されど一年。確かに一年の壁は結構大きいよね」
「だろ!? 神様って意地悪だよなぁ〜」
「ホント……意地悪だ」

 そう言った彼女の横顔がなんだか悲しそうに見えて、俺は今更ながらハッとした。もしかして今の話、彼女に言わない方がよかったんじゃ……? いや、よく考えればそうだよな。この人だってアイツのこと好きだったんだもんな。それなのにこんな傷口に塩を塗るような行為、さすがに無神経すぎるだろ俺。ていうかこないだも八つ当たりで図書室に乗り込んじまったし。えっ……俺情緒不安定すぎじゃね? それよりこの人に対して失礼すぎじゃね? マジで今更だけど。

「ところで君、部活は行かなくていいの?」
「あっ、やべ!」

 俺は図書室の壁掛け時計を見上げた。そろそろ行かないと部活に遅れる! ……が、その前にひとつ。

「あの、藤野……先輩!」
「ん?」
「こないだはその……八つ当たりしてすいませんっした!!」

 俺はがばりと頭を下げる。数秒の後、頭上から「ぶはっ!」と吹き出す声がした。

「あはははっ! ははっ、君が素直に謝るなんてウケるわ〜! しかも微妙な敬語! 先輩呼び!」
「……ひっど」

 下げていた頭をゆるゆると上げると、肩を震わせて笑う藤野美月がいた。ジトリと睨むがまったく悪びれる様子もなく笑い続けている。

「ふふっ! ふっ、ごめんごめん!」

 ……人がせっかく謝ってるのになんという失礼な。いや、そんな事言える立場じゃないけど。ようやく落ち着いたのか、彼女は長い黒髪をサラリと耳に掛けた。

「こないだの事は別に気にしてないよ。君の気持ちはよく分かるし」
「…………」
「でも、謝ってくれてありがとね!」

 藤野美月はニコリと嬉しそうな笑顔を見せた。

「ほらほら、早く行かないと部活遅れるよ?」
「あ、そうだった!」

 俺は軽く頭を下げると、グラウンドへと駆け出した。

 色々と吐き出したからか、お昼に見たあのショックな出来事はすっかり頭の中から消え去っていた。