ツェツィリアは夢魔モーラ!?
目の前の美しい少女が?
人間にしか見えない可憐な少女が?
到底、信じられない。
衝撃の事実を聞き、呆然とするアルセーヌを尻目に、ツェツィリアの『告白』は続いている。
遠い目をしながら、ツェツィリアは話す。
淡々と……
「母が……魔法使いの母は空腹を訴える私に……密かに魔力を与えていた。彼女は気付いていたの。私が魔族である事を」
「…………」
「その秘密が、ある日父親に知れた。父親は母を殴って罵《ののし》り、私をどこか遠く、もう戻れない場所へ捨てると決めた……」
「…………」
「人間ではない、私……人々から忌み嫌われる夢魔モーラであるが故に……」
「…………」
「実の両親から、人里離れた深い不気味な森へ捨てられた私は……飢えたゴブリン共の大群に囲まれ、あっさり餌になる……普通なら、すぐに死ぬ運命だった……」
「…………」
「ゴブリン共に生きながら喰われる……もうお終い……すんでの所で、私を助けてくれたのが、お父様なの……」
「ね、ねぇ、ツェツィリア! さっきから君が言ってる、そ、そのお父様って誰なの?」
アルセーヌは気になる。
ツェツィリアの言う『お父様』の正体とは一体、誰?
果たして何者なのか?
どうやら……
ツェツィリアは、『お父様』に対する質問には、まともに答えたくないらしい。
それより、アルセーヌがとても気になる事を言い放った。
「……ええ、お父様が私を助けてくれたのは、ほんのきまぐれ。でも魂の契約に基づき、私を鍛え、いろいろなものを与えてくれたのよ……」
「な? た、魂の契約って? な、何!?」
アルセーヌはそう言うと、周囲を見渡したが……
ツェツィリアの言う『お父様』らしき者は見当たらなかった。
もしもこの世界に居るのなら、あの男『お父様』へいろいろ問い質したい……
そう思ったのだ。
しかし改めて周囲を見回しても、自分とツェツィリアのたったふたりきり。
他に人間は見当たらない。
困って頭をかいたアルセーヌは、仕方なくもうひとつの疑問を、ツェツィリアへぶつけてみる事にした。
「ええっと……ツェツィリアが夢魔モーラって事は分かったけれど……何故俺なの?」
「うふふ」
「笑わないでくれよ。俺、真面目に聞いているんだから」
「あら、私は真面目よ。貴方をからかってなんかいないわ」
「だってさ。孤児院には他にも、親に捨てられた孤児が大勢居た筈だ……俺よりずっとカッコいい奴がいっぱい」
アルセーヌは思う。
確かに自分は孤児で不幸な境遇だ。
まじめに生きて来たという自負もある。
しかし……
地味な自分以上に、美しいツェツィリアには相応しい相手が居るとも思う。
アルセーヌは、またも己を卑下したのである。
そんなアルセーヌをツェツィリアはたしなめる。
悪戯っぽく笑って……
「うふふ、駄目よ、そんな事言っちゃ。私には、貴方を選んだはっきりとした理由があるわ」
「え? 俺を選んだ、はっきりとした理由」
アルセーヌは……選ばれた。
間違いなく、ツェツィリアに選ばれた。
大事なパートナーとして。
まだ半信半疑のアルセーヌへ、ツェツィリアは言う。
「さっきも言ったけれど、貴方は私を救ってくれた……くじけそうになる私の心を……いつもしっかり支えてくれたの……」
「…………」
「うふふ、じゃあ教えるね。理由は他にもあるの、それも3つもよ」
「3つも? 俺を選んだ理由が?」
「そうよ。さっきも言ったけど……まず貴方の生き方。誠実さ、つまり人柄よ。第2は貴方の力……」
「力?」
「うふふ、だって私は魔力を糧とする夢魔モーラ。いっぱい魔力を与えてくれる魔力供与士の貴方は、パートナーとしてぴったりじゃない?」
ツェツィリアの言葉を聞き、アルセーヌは納得し頷く。
誠実さはともかく、魔力を喰らう夢魔ならば……
彼女の言う通り、確かに魔力供与士の自分は、ぴったりのパートナーだと。
「な、成る程。だったら最後の3つ目は?」
「最後の……第3の理由は……貴方の持つ魔力の質が……最高だから。私と相性ピッタリなのよ」
「質が? さ、最高? 俺と君は相性がぴったりなのか?」
「その通り! 論より証拠……思い出してみて……貴方と私が抱き合った時の事を……」
「あ、ああ……」
アルセーヌは思い出した。
迷宮でツェツィリアと抱き合った甘美なひと時を……
まるで身体が、とろけたチーズのようだった。
いつも仕事で、事務的に魔力を与えていた時とは大違いだ。
魔力を出す瞬間に、思わず情けない声が出てしまったくらいである。
そしてツェツィリアも、甘い魅惑的な声で応えてくれた。
単なる魔力の交歓であそこまで感じるのだ。
もし男として、ツェツィリアを抱いたら……
一体どうなるのか?
想像しただけで、怖くなる。
否、期待に胸が打ち震えてしまう……
そんなアルセーヌの心の中を読んだように、ツェツィリアがまたもや悪戯っぽく笑う。
「ねぇ……アルセーヌ。私が……欲しい?」
「あ、ああ……ほ、欲しい! 君を抱きたい!」
「うふふ、安心したわ。貴方、健康な男の子ね。でも……」
「…………」
「アルセーヌ」
「…………」
「貴方が……本当に私を愛してくれるのなら……夢魔の私は……変われるかもしれない……」
ツェツィリアが謎めいた言葉を告げ、何故か口籠った、その時。
「少年!」
凛とした男の声が、いきなりアルセーヌの背後から響く。
声を聞いたツェツィリアが、にっこり笑う。
「あら? お父様」
「へ? お父様?」
ツェツィリアの声に反応し、アルセーヌも慌てて振り返った。
何という事だろう。
いつの間にか……
迷宮でアルセーヌが出会ったあの謎めいた男、
転移魔法で煙のように消えた魔法使いが居た!
10年前のあの運命の日……
恐怖に慄き、泣き叫ぶツェツィリアをゴブリンの大群から助けた魔法使いが……
ふたりの傍に立っていたのである。
目の前の美しい少女が?
人間にしか見えない可憐な少女が?
到底、信じられない。
衝撃の事実を聞き、呆然とするアルセーヌを尻目に、ツェツィリアの『告白』は続いている。
遠い目をしながら、ツェツィリアは話す。
淡々と……
「母が……魔法使いの母は空腹を訴える私に……密かに魔力を与えていた。彼女は気付いていたの。私が魔族である事を」
「…………」
「その秘密が、ある日父親に知れた。父親は母を殴って罵《ののし》り、私をどこか遠く、もう戻れない場所へ捨てると決めた……」
「…………」
「人間ではない、私……人々から忌み嫌われる夢魔モーラであるが故に……」
「…………」
「実の両親から、人里離れた深い不気味な森へ捨てられた私は……飢えたゴブリン共の大群に囲まれ、あっさり餌になる……普通なら、すぐに死ぬ運命だった……」
「…………」
「ゴブリン共に生きながら喰われる……もうお終い……すんでの所で、私を助けてくれたのが、お父様なの……」
「ね、ねぇ、ツェツィリア! さっきから君が言ってる、そ、そのお父様って誰なの?」
アルセーヌは気になる。
ツェツィリアの言う『お父様』の正体とは一体、誰?
果たして何者なのか?
どうやら……
ツェツィリアは、『お父様』に対する質問には、まともに答えたくないらしい。
それより、アルセーヌがとても気になる事を言い放った。
「……ええ、お父様が私を助けてくれたのは、ほんのきまぐれ。でも魂の契約に基づき、私を鍛え、いろいろなものを与えてくれたのよ……」
「な? た、魂の契約って? な、何!?」
アルセーヌはそう言うと、周囲を見渡したが……
ツェツィリアの言う『お父様』らしき者は見当たらなかった。
もしもこの世界に居るのなら、あの男『お父様』へいろいろ問い質したい……
そう思ったのだ。
しかし改めて周囲を見回しても、自分とツェツィリアのたったふたりきり。
他に人間は見当たらない。
困って頭をかいたアルセーヌは、仕方なくもうひとつの疑問を、ツェツィリアへぶつけてみる事にした。
「ええっと……ツェツィリアが夢魔モーラって事は分かったけれど……何故俺なの?」
「うふふ」
「笑わないでくれよ。俺、真面目に聞いているんだから」
「あら、私は真面目よ。貴方をからかってなんかいないわ」
「だってさ。孤児院には他にも、親に捨てられた孤児が大勢居た筈だ……俺よりずっとカッコいい奴がいっぱい」
アルセーヌは思う。
確かに自分は孤児で不幸な境遇だ。
まじめに生きて来たという自負もある。
しかし……
地味な自分以上に、美しいツェツィリアには相応しい相手が居るとも思う。
アルセーヌは、またも己を卑下したのである。
そんなアルセーヌをツェツィリアはたしなめる。
悪戯っぽく笑って……
「うふふ、駄目よ、そんな事言っちゃ。私には、貴方を選んだはっきりとした理由があるわ」
「え? 俺を選んだ、はっきりとした理由」
アルセーヌは……選ばれた。
間違いなく、ツェツィリアに選ばれた。
大事なパートナーとして。
まだ半信半疑のアルセーヌへ、ツェツィリアは言う。
「さっきも言ったけれど、貴方は私を救ってくれた……くじけそうになる私の心を……いつもしっかり支えてくれたの……」
「…………」
「うふふ、じゃあ教えるね。理由は他にもあるの、それも3つもよ」
「3つも? 俺を選んだ理由が?」
「そうよ。さっきも言ったけど……まず貴方の生き方。誠実さ、つまり人柄よ。第2は貴方の力……」
「力?」
「うふふ、だって私は魔力を糧とする夢魔モーラ。いっぱい魔力を与えてくれる魔力供与士の貴方は、パートナーとしてぴったりじゃない?」
ツェツィリアの言葉を聞き、アルセーヌは納得し頷く。
誠実さはともかく、魔力を喰らう夢魔ならば……
彼女の言う通り、確かに魔力供与士の自分は、ぴったりのパートナーだと。
「な、成る程。だったら最後の3つ目は?」
「最後の……第3の理由は……貴方の持つ魔力の質が……最高だから。私と相性ピッタリなのよ」
「質が? さ、最高? 俺と君は相性がぴったりなのか?」
「その通り! 論より証拠……思い出してみて……貴方と私が抱き合った時の事を……」
「あ、ああ……」
アルセーヌは思い出した。
迷宮でツェツィリアと抱き合った甘美なひと時を……
まるで身体が、とろけたチーズのようだった。
いつも仕事で、事務的に魔力を与えていた時とは大違いだ。
魔力を出す瞬間に、思わず情けない声が出てしまったくらいである。
そしてツェツィリアも、甘い魅惑的な声で応えてくれた。
単なる魔力の交歓であそこまで感じるのだ。
もし男として、ツェツィリアを抱いたら……
一体どうなるのか?
想像しただけで、怖くなる。
否、期待に胸が打ち震えてしまう……
そんなアルセーヌの心の中を読んだように、ツェツィリアがまたもや悪戯っぽく笑う。
「ねぇ……アルセーヌ。私が……欲しい?」
「あ、ああ……ほ、欲しい! 君を抱きたい!」
「うふふ、安心したわ。貴方、健康な男の子ね。でも……」
「…………」
「アルセーヌ」
「…………」
「貴方が……本当に私を愛してくれるのなら……夢魔の私は……変われるかもしれない……」
ツェツィリアが謎めいた言葉を告げ、何故か口籠った、その時。
「少年!」
凛とした男の声が、いきなりアルセーヌの背後から響く。
声を聞いたツェツィリアが、にっこり笑う。
「あら? お父様」
「へ? お父様?」
ツェツィリアの声に反応し、アルセーヌも慌てて振り返った。
何という事だろう。
いつの間にか……
迷宮でアルセーヌが出会ったあの謎めいた男、
転移魔法で煙のように消えた魔法使いが居た!
10年前のあの運命の日……
恐怖に慄き、泣き叫ぶツェツィリアをゴブリンの大群から助けた魔法使いが……
ふたりの傍に立っていたのである。