突如闇の中から現れ、オーガの群れを蹴散らした法衣姿の男、そしてブリオー姿の少女。
魔法らしき幻想的な灯りに浮かび上がる男女の顔はとても美しかった。
まずは男。
漆黒の法衣から覗く二の腕は女のように白い。
長身痩躯。
肩まで伸びた、さらさらの美しい金髪。
「ぴしっ!」と鼻筋が通った彫りの深い端正な顔立ち。
切れ長の目に妖しく碧眼が輝き、少年を「じっ」と見つめている。
しかし男の美しい碧眼には何の感情も浮かんでおらず、まるで石ころでも見るような眼差しだ。
一方、少女の体格は男と対照的にとても小柄である。
シルバープラチナの髪をなびかせる少女は、超一流の職人が造った美しい人形のように端麗な顔立ちをしていた。
だが、ぱっちりした目に浮かぶ瞳だけは、真紅のルビー色をしており、完全に人間離れしている。
ブリオー服の少女は冒険者の少年を一見して、柔らかく微笑む。
何とも不可思議な雰囲気の……
そして嬉しそうな笑顔である。
「あら? 貴方はもしや……驚いたわ……これは奇遇ね」
小さく驚く少女の反応を見て、彼女から『お父様』と呼ばれた男は無表情でぽつりと言う。
「ふむ……お前はこの少年を知っているのか?」
「はい……この子の事は良く知っています。……私と同じ子なのです」
少女が言うと、法衣の男は少年をじっと見つめる。
「ほう、お前と同じ子なのか? なるほど……それにしてもこの少年、興味深い瞳を持っている」
無表情のまま……
まるで歌うように、少女が発した言葉を繰り返す法衣の男。
どうやら少女は、冒険者の少年をよく知っているらしい。
しかし少年には、この少女に全く見覚えがない。
そして……
何故か、少年の身体が硬直して動かない。
声も発する事が出来ない。
まるで蛇に睨まれた蛙のように。
ただ目を大きく見開き、「ぺたん」と迷宮の冷たい石の床に座っていた。
片や、少女は何か、男へ頼み事をするようだ。
「……ねぇ、お父様」
「何だ?」
「この子、良い子よ。私が頂いて良いかしら」
「頂く? どういうつもりだ?」
「私ね、丁度、可愛い下僕が欲しいと思っていたの。魔力の相性も良さそうだし……この子ならぴったりだわ」
「ふ! 下僕か……良いだろう。お前の好きにするが良い」
「じゃあ楽園にも連れて行って宜しいですか? お父様」
「好きにするが良い。但し私との約束は忘れるな」
「忘れません、お父様」
「結構! では私はそろそろ行く」
「はい! お父様」
少女が戻した短い返事と共に……
法衣の男『お父様』は煙のように消え失せた。
どうやら転移の魔法を使ったらしい。
と、同時に。
少年の呪縛が解けた。
何故か怪我の痛みも和らいでいる。
何とか声も出るようだ。
首を「ぶるぶる」ふった少年は、まず聞きたかった事がある。
「き、き、君は誰だ?」
大いに噛んだが、質問は出来た。
対して、少女は悪戯っぽく笑う。
「私? そう言えば、まだ貴方へ名乗っていなかったわね」
「う、うう……」
改めて見やれば、少女はやはり美しい。
笑顔も凄く素敵だ。
しかし……彼女には底知れぬ恐怖を感じる。
冷酷さと非情さと、そして憎しみの感情が伝わって来るのだ。
「そんなに怖がらなくても良いわ。貴方を取って喰おうなんて思っていないから……」
「……き、君は一体?」
「私はツェツィリア」
「ツ、ツェツィリア? ど、どうして? お、お、俺はっ! やはり、君なんか知らないぞっ」
そう、少年は謎めいたシルバープラチナ髪の少女・ツェツィリアを全く知らないのだ。
しかし……
ツェツィリアは「全て承知だ」と、再び謎めいた笑顔を少年へ向けて来る。
「うふふ」
「な、な、何故? 君は、お、俺の事を知っている!」
全身の力を振り絞って……
何とか尋ねる少年であったが、
ツェツィリアはシルバープラチナの髪を「すっ」とかきあげ、淡々と、そしてあっさり答える。
「ええ、貴方は私を知らなくても、私は貴方を良~く知っているわ、随分前からね、アルセーヌ・ルブラン君」
「わう! な、名前まで!」
「だけど、その名前は仮初《かりそめ》の名。実の親がつけた貴方の本当の名前ではない」
「な!? そ、そ、そこまで知っているのかぁ!」
「ええ、雪がたくさん降った日、孤児院の門前に捨てられていた貴方を拾った司祭が勝手に且つ、適当に付けた名前だもの」
「あううう……な、何故!?」
「しかし適当につけられた仮初の名でも……今迄貴方が背負って来た大事なものよ。まあ、詳しいお話はゆっくりと別の場所でね」
「詳しい話? べ、別の場所?」
「ええ、もう怪我は治ったでしょ? それにこんな迷宮では落ち着いて話も出来ないもの」
「うう」
不思議であった。
ツェツィリアの言う通り……
確かに痛みは消えていた。
ホッとして軽く息を吐き、アルセーヌは改めて辺りを見回す。
深く底が知れない迷宮……
物音ひとつしない。
ふたりの周囲にあるのは、静寂と無機質な石の壁だけなのである。
「ふふ、でもね、ここでのんびりなんかしていたら、さっきみたいなオーガがまた来るかもしれないわ」
オーガが来る。
確かに、ツェツィリアの言う通りかもしれなかった。
「ああ、そうだな」
「まあ、あんな奴ら、私にはどうって事ないけれど……今の貴方には困るでしょ?」
「え? 今の俺?」
「ええ、貴方はまだ覚醒はしていない。真の力を得ていないの、かつての私みたいにね」
「かつての私?」
「そう、でも私との出会いで貴方は絶対に変わるの。私には……確信があるわ」
「ツェツィリア。き、君には、確信があるのか? こんな俺は……魔法も武技も度胸も……何の取り柄のない底辺冒険者の俺なんかでも……変わる事が出来るのか?」
「ええ、貴方は変われる。私の助けがあれば、がらりとね」
「がらりと……」
「そうよ。貴方の秘めた才能が開花すれば、素晴らしい存在になれるわ。間違いない。そして今迄貴方をバカにして散々裏切った奴らを、逆に思いっきり踏みつける事が出来る」
「あ、ああ!」
ツェツィリアが囁く励ましを聞くと、不思議な力が湧いて来る。
強力な身体強化魔法の言霊《ことだま》をかけられたように。
アルセーヌの身体には底知れぬ力が漲《みなぎ》って来るのだ。
そんなアルセーヌに、ツェツィリアは再び囁く。
「アルセーヌ……私には貴方が必要よ」
「必要? 俺が!? こんな俺が?」
「駄目よ、己を卑下しないで、アルセーヌ。そして、貴方には私・ツェツィリアが絶対に必要なの」
「俺には君が? ツェツィリアが絶対に必要なのか?」
「ええ、自信を持って、アルセーヌ」
熱く励ましたツェツィリアは、何と!
アルセーヌを抱きしめる。
優しく、そしてしっかりと。
「あ……」
な、何て冷たい。
体温を感じない。
この子は……やはり人間じゃない。
「さあ! 貴方もツェツィリアをしっかり抱いて、アルセーヌ。もう二度と離さないって誓って」
「!?」
更にアルセーヌの心臓にある、残り少ない魔力が奪われて行く……
でもアルセーヌは気にも留めなかった。
どうなっても良い。
この子に抱かれながら、魔力がなくなって死んでも構わない。
そう思った。
アルセーヌは、甘えるツェツィリアに応え、彼女の小柄な身体をしっかりと抱き締めたのである。
「ああ! 誓うよ! ツェツィリア! 何があったってもう君を離さないっ!」
薄暗い迷宮にアルセーヌの決意が満ちた、その瞬間。
彼は更に不思議な感覚に捉われた。
「ふわっ」と、身体が宙へ浮き上がるような感覚だ。
「あああっ」
思わず漏らした悲鳴と共にアルセーヌは意識を失っていたのである。
魔法らしき幻想的な灯りに浮かび上がる男女の顔はとても美しかった。
まずは男。
漆黒の法衣から覗く二の腕は女のように白い。
長身痩躯。
肩まで伸びた、さらさらの美しい金髪。
「ぴしっ!」と鼻筋が通った彫りの深い端正な顔立ち。
切れ長の目に妖しく碧眼が輝き、少年を「じっ」と見つめている。
しかし男の美しい碧眼には何の感情も浮かんでおらず、まるで石ころでも見るような眼差しだ。
一方、少女の体格は男と対照的にとても小柄である。
シルバープラチナの髪をなびかせる少女は、超一流の職人が造った美しい人形のように端麗な顔立ちをしていた。
だが、ぱっちりした目に浮かぶ瞳だけは、真紅のルビー色をしており、完全に人間離れしている。
ブリオー服の少女は冒険者の少年を一見して、柔らかく微笑む。
何とも不可思議な雰囲気の……
そして嬉しそうな笑顔である。
「あら? 貴方はもしや……驚いたわ……これは奇遇ね」
小さく驚く少女の反応を見て、彼女から『お父様』と呼ばれた男は無表情でぽつりと言う。
「ふむ……お前はこの少年を知っているのか?」
「はい……この子の事は良く知っています。……私と同じ子なのです」
少女が言うと、法衣の男は少年をじっと見つめる。
「ほう、お前と同じ子なのか? なるほど……それにしてもこの少年、興味深い瞳を持っている」
無表情のまま……
まるで歌うように、少女が発した言葉を繰り返す法衣の男。
どうやら少女は、冒険者の少年をよく知っているらしい。
しかし少年には、この少女に全く見覚えがない。
そして……
何故か、少年の身体が硬直して動かない。
声も発する事が出来ない。
まるで蛇に睨まれた蛙のように。
ただ目を大きく見開き、「ぺたん」と迷宮の冷たい石の床に座っていた。
片や、少女は何か、男へ頼み事をするようだ。
「……ねぇ、お父様」
「何だ?」
「この子、良い子よ。私が頂いて良いかしら」
「頂く? どういうつもりだ?」
「私ね、丁度、可愛い下僕が欲しいと思っていたの。魔力の相性も良さそうだし……この子ならぴったりだわ」
「ふ! 下僕か……良いだろう。お前の好きにするが良い」
「じゃあ楽園にも連れて行って宜しいですか? お父様」
「好きにするが良い。但し私との約束は忘れるな」
「忘れません、お父様」
「結構! では私はそろそろ行く」
「はい! お父様」
少女が戻した短い返事と共に……
法衣の男『お父様』は煙のように消え失せた。
どうやら転移の魔法を使ったらしい。
と、同時に。
少年の呪縛が解けた。
何故か怪我の痛みも和らいでいる。
何とか声も出るようだ。
首を「ぶるぶる」ふった少年は、まず聞きたかった事がある。
「き、き、君は誰だ?」
大いに噛んだが、質問は出来た。
対して、少女は悪戯っぽく笑う。
「私? そう言えば、まだ貴方へ名乗っていなかったわね」
「う、うう……」
改めて見やれば、少女はやはり美しい。
笑顔も凄く素敵だ。
しかし……彼女には底知れぬ恐怖を感じる。
冷酷さと非情さと、そして憎しみの感情が伝わって来るのだ。
「そんなに怖がらなくても良いわ。貴方を取って喰おうなんて思っていないから……」
「……き、君は一体?」
「私はツェツィリア」
「ツ、ツェツィリア? ど、どうして? お、お、俺はっ! やはり、君なんか知らないぞっ」
そう、少年は謎めいたシルバープラチナ髪の少女・ツェツィリアを全く知らないのだ。
しかし……
ツェツィリアは「全て承知だ」と、再び謎めいた笑顔を少年へ向けて来る。
「うふふ」
「な、な、何故? 君は、お、俺の事を知っている!」
全身の力を振り絞って……
何とか尋ねる少年であったが、
ツェツィリアはシルバープラチナの髪を「すっ」とかきあげ、淡々と、そしてあっさり答える。
「ええ、貴方は私を知らなくても、私は貴方を良~く知っているわ、随分前からね、アルセーヌ・ルブラン君」
「わう! な、名前まで!」
「だけど、その名前は仮初《かりそめ》の名。実の親がつけた貴方の本当の名前ではない」
「な!? そ、そ、そこまで知っているのかぁ!」
「ええ、雪がたくさん降った日、孤児院の門前に捨てられていた貴方を拾った司祭が勝手に且つ、適当に付けた名前だもの」
「あううう……な、何故!?」
「しかし適当につけられた仮初の名でも……今迄貴方が背負って来た大事なものよ。まあ、詳しいお話はゆっくりと別の場所でね」
「詳しい話? べ、別の場所?」
「ええ、もう怪我は治ったでしょ? それにこんな迷宮では落ち着いて話も出来ないもの」
「うう」
不思議であった。
ツェツィリアの言う通り……
確かに痛みは消えていた。
ホッとして軽く息を吐き、アルセーヌは改めて辺りを見回す。
深く底が知れない迷宮……
物音ひとつしない。
ふたりの周囲にあるのは、静寂と無機質な石の壁だけなのである。
「ふふ、でもね、ここでのんびりなんかしていたら、さっきみたいなオーガがまた来るかもしれないわ」
オーガが来る。
確かに、ツェツィリアの言う通りかもしれなかった。
「ああ、そうだな」
「まあ、あんな奴ら、私にはどうって事ないけれど……今の貴方には困るでしょ?」
「え? 今の俺?」
「ええ、貴方はまだ覚醒はしていない。真の力を得ていないの、かつての私みたいにね」
「かつての私?」
「そう、でも私との出会いで貴方は絶対に変わるの。私には……確信があるわ」
「ツェツィリア。き、君には、確信があるのか? こんな俺は……魔法も武技も度胸も……何の取り柄のない底辺冒険者の俺なんかでも……変わる事が出来るのか?」
「ええ、貴方は変われる。私の助けがあれば、がらりとね」
「がらりと……」
「そうよ。貴方の秘めた才能が開花すれば、素晴らしい存在になれるわ。間違いない。そして今迄貴方をバカにして散々裏切った奴らを、逆に思いっきり踏みつける事が出来る」
「あ、ああ!」
ツェツィリアが囁く励ましを聞くと、不思議な力が湧いて来る。
強力な身体強化魔法の言霊《ことだま》をかけられたように。
アルセーヌの身体には底知れぬ力が漲《みなぎ》って来るのだ。
そんなアルセーヌに、ツェツィリアは再び囁く。
「アルセーヌ……私には貴方が必要よ」
「必要? 俺が!? こんな俺が?」
「駄目よ、己を卑下しないで、アルセーヌ。そして、貴方には私・ツェツィリアが絶対に必要なの」
「俺には君が? ツェツィリアが絶対に必要なのか?」
「ええ、自信を持って、アルセーヌ」
熱く励ましたツェツィリアは、何と!
アルセーヌを抱きしめる。
優しく、そしてしっかりと。
「あ……」
な、何て冷たい。
体温を感じない。
この子は……やはり人間じゃない。
「さあ! 貴方もツェツィリアをしっかり抱いて、アルセーヌ。もう二度と離さないって誓って」
「!?」
更にアルセーヌの心臓にある、残り少ない魔力が奪われて行く……
でもアルセーヌは気にも留めなかった。
どうなっても良い。
この子に抱かれながら、魔力がなくなって死んでも構わない。
そう思った。
アルセーヌは、甘えるツェツィリアに応え、彼女の小柄な身体をしっかりと抱き締めたのである。
「ああ! 誓うよ! ツェツィリア! 何があったってもう君を離さないっ!」
薄暗い迷宮にアルセーヌの決意が満ちた、その瞬間。
彼は更に不思議な感覚に捉われた。
「ふわっ」と、身体が宙へ浮き上がるような感覚だ。
「あああっ」
思わず漏らした悲鳴と共にアルセーヌは意識を失っていたのである。