両親によって、人里離れた不気味な森へ捨てられた6歳の少女ツェツィリアが……
突如現れた謎めいた魔法使いの男に出会い、ゴブリンに喰われる絶体絶命の危機寸前から命を助けられ……
約10年の歳月が流れた……
幼いツェツィリアは、あれからどうなったのか……
彼女の行方どころか、生死さえ知る者は居なかった……
所、変わり……
ここはヴァレンタインという王国である。
巨大な外壁に囲まれた都は人口約2万人のセントヘレナ。
夥しい数の冒険者に対応する斡旋所ギルドも存在していた。
そのヴァレンタイン王国の王都近郊には、深い迷宮が存在した。
地下全50層からなる古く巨大な迷宮であり、いつ頃からあるのか誰も知らない。
50層というのも定かではなく、秘密の通路から更に下層に繋がっていると強硬に主張する冒険者もおり、通称『底なしの迷宮』と呼ばれていた。
一説によると、2千年前に建国されたヴァレンタイン王国より遥かに古い迷宮とされていた。
通常、地下迷宮は下層に行けば行くほど、強い高レベルの魔物が出現する。
発見且つ獲得出来る財宝も、比例してレアで高価なものとなって行く。
それ故、冒険者達は自己の鍛錬と財宝の獲得を狙い、最終的に迷宮の最深部を目指すのである。
長い長い、年月が経つうちに……
迷宮の上層部は、魔法の理を使用した半永久的に持つ灯り――魔導灯が完備され、人が暮らせるよう整備されて行った。
今や……冒険者向けの装備品や、携帯食料等を扱う商店もたくさん出来ている。
だが、今見える場所には店どころか、人すら居ない。
上層のように魔法による灯りが全くないので、何もない暗黒の世界、漆黒の闇である。
誰かがすぐ隣に居て、鼻をきゅっとつままれても、分からないくらい何も見えない。
空気も重い。
そして酷く淀んでいた。
すえたような臭いを発する大気が、べたつくように立ち込めている。
そう、ここは迷宮の地下40階を遥かに超えた下層部なのだ。
気を抜けば、命など簡単に失う危険に満ちた下層部では、魔導灯を設置する余裕はない。
また……わざわざそのように、親切な事をする冒険者も居ない。
下層部には……
中級レベル以下の冒険者では、想像する事も出来ないくらい、凶悪な怪物共が出現した。
また、巧妙に隠されたえげつない罠がいくつも仕掛けられ様々な危険にも満ちていた。
それ故、日々、数えきれない冒険者が命を落としていたのだ。
冒険者達が死ぬのは己のレベルを過信し、無謀な挑戦による原因が殆どであったが、中には全くの例外もあった。
今、ここに居る彼も……そのひとりである。
真っ暗闇の中、革鎧を纏った10代後半の少年が放心したように座り込んでいた。
少年は、致命傷こそ負っていなかったが出血が酷かった。
着ている革鎧は激しい戦いの末、魔物共に食いちぎられ、引き裂かれ、ぼろぼろになっている……
「はぁ……もう、打つ手はなし……かよ……」
あまりにも古い為、所々ひび割れ、壊れかけた石壁に、少年は力なくもたれかかっていた。
彼の口から呟かれたのは、もはや生存を諦めた絶望の声である。
少年が嘆くのも……無理はなかった。
『ぼろぼろ』になった彼の四方を、人肉を好む飢えた怖ろしい怪物共が取り囲んでいたのである。
一分のすきもなく取り囲み、少年へ「じわじわ」と迫る、怪物の名はオーガ。
体長はゆうに5mを超え、全身を剛毛と凄まじい筋肉の鎧に覆われている凶悪な魔物だ。
人間の10倍以上の膂力を誇り、低レベルの冒険者など簡単に引きちぎられる。
そしてオーガは人肉を喰らう。
冒険者を頭から骨ごと喰らってしまう。
そのオーガが、数十以上もの群れで、少年をびっしり取り囲んでいるのだ。
戦って包囲を突破して行ける可能性は、全くない。
無理に突破しようにも、少年の手元にはもうろくな武器もないのである。
根元からまっぷたつに折れ、掴しか残っていない古い鉄剣しか。
「まさか、あいつら俺を騙した上、見捨てて行くとはなぁ……結局生まれてからずっと捨てられ人生かよ」
……少年は嘆いた。
この少年冒険者は、魔力供与士という一風変わった職業である。
文字通り、魔法使いや司祭など魔法使用者が魔力切れを起こした場合、己の魔力を分け与える役割なのだ。
しかし少年に魔力は殆ど残っていない。
既にクランメンバー達へ与えてしまっていたのである。
それに、もし魔力があったとしても少年には戦う手立てがない。
常人の3倍の魔力を自身の身体に有しているが、彼は肝心の魔法を行使する事が出来ない。
また少年は武器もろくに使えない。
いわゆる魔力供与以外は使えない奴、つまり『ポーション野郎』とあだ名されていたのである。
深層部のフロアを探索中、とある部屋で、クランはオーガの大群に遭遇した。
いわゆるモンスターハウスである。
戦士や魔法使いが必死に血路を開こうとしたが、相手はオーガ。
強靭な魔物で、その上数が多過ぎ、抵抗は無理であった。
状況はあまりにも厳し過ぎたのだ。
結果、所属クランのリーダーは契約の継続を条件に少年を盾とした。
いくつかのクランを馘となり、転々としていた少年は渋々応じる。
しかし少年は騙されていた。
使い捨ての囮にされていたのだ。
案の定、オーガの隙を見たクランメンバー全員が逃げ出し、少年はあっさり見捨てられた。
たったひとり残された少年はフロアの片隅に追いつめられ、死を待つ寸前だったのである。
「くそ、こ、こうなったら、あいつらに生きたまま喰われるより……やけっぱちで戦って死んでやる……その後は俺の屍を好きにするが良いさ」
少年がそう呟いた時。
「ぶちゃっ」という肉が破砕される、派手な音がした。
と同時に、
「ぎぃゃあああ~っ」
「ぴぎゃああああっ」
「あひゃああああっ」
それまでじりじりと包囲の輪を狭めていたオーガ共の一角から、凄まじい悲鳴の声が響いたのであった。
突如現れた謎めいた魔法使いの男に出会い、ゴブリンに喰われる絶体絶命の危機寸前から命を助けられ……
約10年の歳月が流れた……
幼いツェツィリアは、あれからどうなったのか……
彼女の行方どころか、生死さえ知る者は居なかった……
所、変わり……
ここはヴァレンタインという王国である。
巨大な外壁に囲まれた都は人口約2万人のセントヘレナ。
夥しい数の冒険者に対応する斡旋所ギルドも存在していた。
そのヴァレンタイン王国の王都近郊には、深い迷宮が存在した。
地下全50層からなる古く巨大な迷宮であり、いつ頃からあるのか誰も知らない。
50層というのも定かではなく、秘密の通路から更に下層に繋がっていると強硬に主張する冒険者もおり、通称『底なしの迷宮』と呼ばれていた。
一説によると、2千年前に建国されたヴァレンタイン王国より遥かに古い迷宮とされていた。
通常、地下迷宮は下層に行けば行くほど、強い高レベルの魔物が出現する。
発見且つ獲得出来る財宝も、比例してレアで高価なものとなって行く。
それ故、冒険者達は自己の鍛錬と財宝の獲得を狙い、最終的に迷宮の最深部を目指すのである。
長い長い、年月が経つうちに……
迷宮の上層部は、魔法の理を使用した半永久的に持つ灯り――魔導灯が完備され、人が暮らせるよう整備されて行った。
今や……冒険者向けの装備品や、携帯食料等を扱う商店もたくさん出来ている。
だが、今見える場所には店どころか、人すら居ない。
上層のように魔法による灯りが全くないので、何もない暗黒の世界、漆黒の闇である。
誰かがすぐ隣に居て、鼻をきゅっとつままれても、分からないくらい何も見えない。
空気も重い。
そして酷く淀んでいた。
すえたような臭いを発する大気が、べたつくように立ち込めている。
そう、ここは迷宮の地下40階を遥かに超えた下層部なのだ。
気を抜けば、命など簡単に失う危険に満ちた下層部では、魔導灯を設置する余裕はない。
また……わざわざそのように、親切な事をする冒険者も居ない。
下層部には……
中級レベル以下の冒険者では、想像する事も出来ないくらい、凶悪な怪物共が出現した。
また、巧妙に隠されたえげつない罠がいくつも仕掛けられ様々な危険にも満ちていた。
それ故、日々、数えきれない冒険者が命を落としていたのだ。
冒険者達が死ぬのは己のレベルを過信し、無謀な挑戦による原因が殆どであったが、中には全くの例外もあった。
今、ここに居る彼も……そのひとりである。
真っ暗闇の中、革鎧を纏った10代後半の少年が放心したように座り込んでいた。
少年は、致命傷こそ負っていなかったが出血が酷かった。
着ている革鎧は激しい戦いの末、魔物共に食いちぎられ、引き裂かれ、ぼろぼろになっている……
「はぁ……もう、打つ手はなし……かよ……」
あまりにも古い為、所々ひび割れ、壊れかけた石壁に、少年は力なくもたれかかっていた。
彼の口から呟かれたのは、もはや生存を諦めた絶望の声である。
少年が嘆くのも……無理はなかった。
『ぼろぼろ』になった彼の四方を、人肉を好む飢えた怖ろしい怪物共が取り囲んでいたのである。
一分のすきもなく取り囲み、少年へ「じわじわ」と迫る、怪物の名はオーガ。
体長はゆうに5mを超え、全身を剛毛と凄まじい筋肉の鎧に覆われている凶悪な魔物だ。
人間の10倍以上の膂力を誇り、低レベルの冒険者など簡単に引きちぎられる。
そしてオーガは人肉を喰らう。
冒険者を頭から骨ごと喰らってしまう。
そのオーガが、数十以上もの群れで、少年をびっしり取り囲んでいるのだ。
戦って包囲を突破して行ける可能性は、全くない。
無理に突破しようにも、少年の手元にはもうろくな武器もないのである。
根元からまっぷたつに折れ、掴しか残っていない古い鉄剣しか。
「まさか、あいつら俺を騙した上、見捨てて行くとはなぁ……結局生まれてからずっと捨てられ人生かよ」
……少年は嘆いた。
この少年冒険者は、魔力供与士という一風変わった職業である。
文字通り、魔法使いや司祭など魔法使用者が魔力切れを起こした場合、己の魔力を分け与える役割なのだ。
しかし少年に魔力は殆ど残っていない。
既にクランメンバー達へ与えてしまっていたのである。
それに、もし魔力があったとしても少年には戦う手立てがない。
常人の3倍の魔力を自身の身体に有しているが、彼は肝心の魔法を行使する事が出来ない。
また少年は武器もろくに使えない。
いわゆる魔力供与以外は使えない奴、つまり『ポーション野郎』とあだ名されていたのである。
深層部のフロアを探索中、とある部屋で、クランはオーガの大群に遭遇した。
いわゆるモンスターハウスである。
戦士や魔法使いが必死に血路を開こうとしたが、相手はオーガ。
強靭な魔物で、その上数が多過ぎ、抵抗は無理であった。
状況はあまりにも厳し過ぎたのだ。
結果、所属クランのリーダーは契約の継続を条件に少年を盾とした。
いくつかのクランを馘となり、転々としていた少年は渋々応じる。
しかし少年は騙されていた。
使い捨ての囮にされていたのだ。
案の定、オーガの隙を見たクランメンバー全員が逃げ出し、少年はあっさり見捨てられた。
たったひとり残された少年はフロアの片隅に追いつめられ、死を待つ寸前だったのである。
「くそ、こ、こうなったら、あいつらに生きたまま喰われるより……やけっぱちで戦って死んでやる……その後は俺の屍を好きにするが良いさ」
少年がそう呟いた時。
「ぶちゃっ」という肉が破砕される、派手な音がした。
と同時に、
「ぎぃゃあああ~っ」
「ぴぎゃああああっ」
「あひゃああああっ」
それまでじりじりと包囲の輪を狭めていたオーガ共の一角から、凄まじい悲鳴の声が響いたのであった。