アルセーヌの部屋で起床してから1時間後……
 ツェツィリアとアルセーヌは朝食を摂る為、王都中央広場付近のカフェに居た。
 パンと紅茶だけという質素でシンプルな食事を済ますと立ち上がる。

 食事に行こうよ! 
 朝ごはんを食べに!
 部屋でそう誘われた時、アルセーヌは「え?」と首を傾げた。
 ツェツィリアは魔力を糧《かて》とする夢魔の筈。
 彼女に普通の食事が摂れるのだろうかと。

 しかしツェツィリアいわく
 心配は全く無用だと言う。
 アルセーヌと普通の女子みたいに、仲良く食事をしたいと甘えるのだ。

 冗談っぽく、「美味しいケーキは魔力とは別腹なの!」と言われた時には、つい笑ってしまった……
 
 改めて彼女に聞けば……
 夢魔として必要な魔力さえ補給していれば、食事は不要なのだが……
 人間として、ちゃんと食事も出来ると言い張った。
 焼き立ての香ばしいパンも美味しく食べられるし、熟成した香りの良い紅茶も楽しめると。
 そう言われて、アルセーヌは安堵すると同時に、とても嬉しかったのである。

 閑話休題。

 今日、これから何をするのか……
 だが、これからの予定はツェツィリアが既に考えているらしい。
 彼女は小さく頷くと、アルセーヌへ出発を促す。

「さあ、アルセーヌ、そろそろ出かけましょう」

「出かける? どこへだい? ツェツィリア」

 一瞬。
 アルセーヌの胸がどきどきする。
 期待にとても高鳴る。
 このまま素敵な王都デートなのかと。
 
 アルセーヌの頭の中を妄想が目一杯支配する。
 しっかり手をつないで可愛いツェツィリアと、ふたり仲睦まじく街を歩く。
 誰もがふたりを振り向くだろう。
 
 だが、アルセーヌは容易に想像出来る。
 不似合いだ!
 という罵声が心の中で響き渡る。

 「男の方がくそダサくてあの子には全く釣り合わない!」
 と、酷い悪口も方々から聞こえて来た。
 確信出来る。
 リア充として、俺だけが叩かれるに決まっていると。
 
 でも、アルセーヌは胸を張れる。
 雑音など撥ね返せる。
 この子は俺のかけがえのない大事な『彼女』だと主張出来るのだ。
 侮蔑の眼差しをいくら投げかけられても、こちらも堂々と睨み返すと。

 見果てぬ夢に大いに期待したアルセーヌであったが、現実はとても非情だ。
 真面目な表情をしたツェツィリアの淡々とした答えが、アルセーヌの持つ、はかない『夢』を呆気なく打ち砕く。

「迷宮よ」

「め、迷宮?」

 何それ?
 と、アルセーヌは思った。
 デートの話ではないのかと。
 
 アルセーヌは、王都で若い男女がデートする場所だけは知っている。
 だが、女性に無縁なアルセーヌは実際にデートなどした事はないが。
 その知識は役に立つ事はない。
 完全に「がっくり」したアルセーヌへ、 

「ええ、アルセーヌ。今の貴方にはトレーニング、そしてトライアルが必要なの」

 相変わらず真面目な顔付きで告げるツェツィリアを見て、アルセーヌの表情が改めて引き締まる。
 俺は一体、何を浮かれていたのかと深く深く反省する。
 
 更に……
 アルセーヌはルイの発した厳しい言葉を思い出した。
 今後ふたりが歩むのは『茨《いばら》の道』なのだと。

 ツェツィリアを愛し慈しみ、けして夢魔にせず、最後まで守り抜く為には非常に困難な道が待っていると……
 そのような意味だろう。

 いずれ普通の人間になりたいというツェツィリアの悲願を叶える為にも、アルセーヌはもっともっと強くなる必要があるのだから。

 しかし、アルセーヌの冒険者ランクは、底辺から数えて2番目のE。
 現状では「強い」という表現には程遠い。

 さてさて……
 ツェツィリアの言うトレーニングとは訓練である事は予想出来る。
 だけど具体的に何をするのか?
 
 一体どこで自分は訓練を受け、鍛えられるのか?
 またトライアルとは本当の実戦に備える為の戦いだと考えてはいるが……

 つらつら考えたアルセーヌは、浮かんだ疑問の数々をツェツィリアへ尋ねてみる。

「ツェツィリア、俺のトレーニングって訓練だよな? それにトライアルって実戦に備えるって事か? 確かにこのままじゃ駄目駄目だよな」
 
「駄目駄目は言い過ぎでしょ? あくまで現状ではって事よ。アルセーヌの眠れる才能がちゃんと目覚めれば確実に強くなるわ。私が保証する」

「才能が目覚めれば、か……そう言われると不思議に力が湧いて来る。君を信じるよ、ツェツィリア」

「うふふ、そうよ、貴方を信じてる。だから私を信じてね。絶対よ、アルセーヌ」

 明るくウインクする、ツェツィリア。
 アルセーヌはふと彼女の辛い生い立ちを思い出した。
 両親に捨てられても、大きな不安を抱えていても……
 希望をけして捨てず、強く生きようとする。
 健気で愛おしいと感じる。
 と、同時に先ほどのつまらない『妄想』を思い出し、自分の甘さ、情けなさを痛感する。

 ごめんよ、ツェツィリア。
 俺は……
 自分の事しか考えない駄目な男だ。
 だけど……
 君を大事にし、愛する気持ちは誰にも負けない!

「ああ、ツェツィリア。俺は君を信じる! 絶対に信じるよ」

 アルセーヌの心には改めて、強く熱い誓いと決意が湧き上がる。
 その思いを裏付けるように、「ツェツィリアを信じる!」彼は堂々と言い放ったのである。