底なしの迷宮・見捨てられた冒険者は最深部で愛する君に出逢う

 ここは、とある王国の人里離れた深い深い森の中だ……
 どこの誰が見ても……不気味な森である。
 
 何故ならば……この森は普通の森とは違う。
 呪いでもかかっているように、生えている木がまともではないのだ。

 普通は陽を求め、まっすぐ空へ向かって伸びる筈の木々が……
 真横に、斜めに、一旦上がってから下がり、複雑に曲がりくねり、お互い絡み合っている。

 木についている葉も、まるで血のような色をしている。
 葉の形状にしても普通の森では全く見かけない珍しいものだ。
 
 そのように不気味な葉が大量に生い茂っていて、完全に太陽の光を遮断していた。
 それ故、地上までは滅多に日が射しこまない。
 昼間でも、森の中がやっと見通せるほどの明るさなのだ。

 通常、森といえば……
 人間にとって生きて行く為に不可欠な大気を供給する場所だ。
 そう、美味しく清涼な大気が満ち溢れる場所なのだ。
 
 しかし、この森は息をするだけでも苦しく、視覚的にも不気味な雰囲気しかない。
 滅多な事がなければ、こんな森へ、人は誰も立ち入らないだろう。
 
 だが……意外にも3人の男女が居た。
 ふたりは壮年の男女だが、ひとりはまだ年端もいかない少女である。

 しかし、3人の様子がおかしい。

「おい! もう行くぞ!」

 男が苛ついたように、女へ呼び掛けた。
 しかし女は、「嫌だ!」と駄々をこねるように、小さく首を振る。

「あ、ああっ……ツェツィリアぁ!」

 女は少女の母親のようだ。
 我が子らしい名前を、大声で叫びながら……
 男に、無理やり引きずられる。

 女の手を引っ張る男は……多分父親なのだろう。
 どうやら、ふたりは夫婦であり少女の両親らしい……

 父親は、再び嫌がる母親の手を強く引く。
 何故か、足早に立ち去ろうとするのだ。

 何と!
 幼い少女を置き去りにして。

 だが!
 立ち去ろうとするふたりへ、小さな影が追いすがった。
 ツェツィリアと呼ばれた、美しいシルバープラチナの髪を持つ少女である。

 こんな場所へ、たったひとり置いて行かれてはたまらない。
 ツェツィリアは幼いながらに、生命の危機を感じているに違いない。
 
 可愛い声を振り絞り、ツェツィリアは叫ぶ。
 あらんかぎりに。

「待ってぇ! パパぁぁぁ!!! ママぁぁぁ!!! 怖いよぉぉぉ!!!」

「ツ、ツェツィリア~~っ!!!」
 
 泣き叫び呼ぶ声に、これまた絶叫に近い声で応える母親。
 愛しい娘へ、切ない想いを籠めて……

「パパぁ、ママぁ、いい子になるよぉ、ツェツィリアはぁ、いい子になるからぁ! だからぁ、お願いぃ! 置いて行かないでぇ~っ!」

「あああ、ツェツィリア~~っ!!!」
 
 しかし!
 母親の声を、乱暴にさえぎるかのように、父親の怒声が響いた。
 憎しみと殺意を籠めて。

「こら! こっちへ来るんじゃないっ、この化け物めっ!」

「え? ば、化け……物……」

 ついて来る事を拒絶され、更に激しく罵られたツェツィリアは……
 ショックで身を硬くした。
 思わず立ち止まり、その場へ、「ぺたん」と力なく座り込んでしまう。

 座り込んだツェツィリアへ、容赦なく父親の罵声が降り注ぐ。

「そうだ! 化け物だ! お前なんか、俺達の子じゃない! ふざけやがってぇ!」

「…………」

「この森で、化け物同士、仲良く暮らせばいいんだよぉ!」

「あ、貴方っ! ひどいわっ! ツェツィリアは血が繋がった実の! じ、自分の娘なのにっ!」

「いや! ひどかねぇ! 違う!」

「ち、違う?」

「そうだ、違う! こいつは俺達の子じゃないぞ! 怖ろしい化け物なんだ! 産まれなかった、最初から居ない! そう思うんだよ!」

「あ、ああ……ううう……」

 母親は泣き崩れるが、父親は構わずまた手を「ぐいっ」と引く。
 そして父親が急ぐのは、理由があった。

「おい! ぐずぐずしてると日が暮れて、人喰いゴブリン共がわんさか出て来やがる、急ぐんだ」

「…………」

 遂に、運命は決した。
 親子の、非情な別離の時が来たのだ。

 3人の影は、ふた手に分かれた。
 ふたりとひとりに……
 
 荒々しく靴が草を踏みしめる音。
 強引に引きずられる靴の音、嗚咽する母親の声……
 
 一方……
 残されたツェツィリアは……まるで固まったように動かない……
 お互いの距離が……どんどん開いて行く。
 多分、永遠の別れとなるのだろう……

 ツェツィリアの居る場所から、少し離れた場所で、馬の嘶きと車輪の軋む音が聞こえ……
 やがて荷馬車が走り出す音がした。
 車輪の発する重い音は、森の中へ吸い込まれ、聞こえなくなった……

 こうして……
 僅か6歳の少女、ツェツィリアは……
 実の両親から、無残にも置き去りにされたのである。