数日後。昼休み。部室にて。
いつものように3人で昼休みを過ごしていると、突然部室の扉が開けられた。
「お前、何しに来たんだよ」
「別にばか兄には用ないから」
いつぶりかの来訪者は未来だった。
「みくちゃんね?はじめまして、結羽だよ」
「あ、未来です」
2人とも直人から少し話を聞いていたが、会うのは初めてだ。
(私より背低いんだ)
未来は密かに思った。
「ねぇ、もしかして用があるのって」
孝人の方を見る。なんだかデジャブを感じた。
「はい。夜野先輩に今日昼練をすると伝えてたはずなんですが」
「あーたかちゃん昼練やんない派だから。てか、わざわざ呼びに来るか?いくらたかちゃんと居たいからって」
「はあ?何言ってんの?まさか私が夜野先輩のこと好きだってまだ思ってるの?夜野先輩はばか兄と違って尊敬してる先輩だけど、ただそれだけ。この際言っとくけど、私付き合ってる人いるから」
「まじで…」
あからさまにショックを受けていたが、とりあえずこの件は彼の思い違いであったことがわかった。
未来は孝人に向き直る。
「夜野先輩の演技がすごく良くなってるのわかります。私ももっと良くならなきゃと思ってて、夜野先輩に見てもらいたいんです。お願いします」
後輩の頼みに、ほとんど無意識に何故か結羽のほうを見てしまった。
目が合う。
「なんで私見るの?」
自分でも分からない。
(これくらいはさすがにきにしないか)
一瞬頭に浮かんだ思いに動揺する。
後輩のこんな真摯な頼みを断る先輩はどうかしてるだろう。
「俺が役に立つかわかんねぇけど」
「ばか兄よりは立ちます!」
「おい!」
2人はともに部室から出ていった。
「みくちゃんは君に似てしっかりしてるんだね」
「嫌味っすか?」
「本心だよ?」
「そう言ってるっすけど、気になるんじゃないっすか?」
「なんないよ。…まぁちょっと、ちょーっとだけね」
「それはそうと、やのくん良くなってるんだね。もう悩んでない?」
「なんか掴んだっぽくて、めっちゃ良くなってきてるっすよ。結羽先輩のおかげっすね」
「それならいんだけど。早くみたいなぁ。」
「あの先輩、ちょっとデリカシーない質問していいっすか」
「いいっすよ」
「先輩、友達いますか」
「仲のいい友達はいないよ。ご飯もここで食べる前は一人で食べてたからね。でも、どうして?」
「いや、たかちゃんがぼそっと言ってたんすよ。あの人、いつも独りだなって。たかちゃん普段他人のこと見ないのに、やっぱ先輩のことは特別っていうか、他人じゃなくなってるんじゃないすかね」
「そうならいいな。でもそれはなおとくんもだと思うよ。私、彼が誰かと一緒にいるとは思わなかったから」
「先輩やっぱり前にたかちゃんに会ったこと」
「あるよ。…実を言うとね、小学校が同じだったの。やのくんにはたくさん助けてもらった。でも、やのくん引っ越すことになって、それが嫌でまた泣いちゃって。…でもその時に言ってくれたの。
泣くな。俺はお前を忘れない。忘れたとしても絶対思い出すから。それまで待っててくれ、って。約束、したんだ」
「約束…」
「私それが嬉しくて」
「だからそのこと言わないんすか。たかちゃんが思い出してくれるまで」
「はじめはそうだった。でも今は、過去なんかどうでもいいんだって思ってる。やのくんは過去の私を知らない。私だけ過去に取り残されてちゃだめだよね。今の彼は“こうちゃん”じゃなくて、“たかと”だもんね」
「先輩は十分たかちゃんのこと見てると思うっすけどね。…でも嫌じゃないっすか。色んな思い出が1年後には必ず忘れられるんすよ。過去が支えてくれることは無いんすよ」
「わかってる。でも嫌じゃないよ。その分今や未来をみれるから」
「たかちゃんが先輩みたいに前向きならなぁ」
「そうね。1番苦しんでるのはやのくん自身だと思う。だから私は彼のそばにいたい。彼の心を満たしたい」
「先輩ならできるっすよ。実際、たかちゃんは変わり始めてる」
「それはなおとくんのおかげもあると思うよ?」
「いや、友達の俺じゃできないこともあるっす」
「それでも彼にとって必要不可欠な存在になってるよ」
「そっすかね」
「うん!あ、そういえば今日お菓子持ってきてるんだった。たべる?」
「いただきます!!」
***
本番前日。孝人の部屋にて。
孝人は直人とメールをしていた。普段はあまりしないのだが公演前日ということもあり、直人から頑張ろうぜメールがきたのだ。話も切れてそろそろ終わろうとした時。
『なぁたかちゃん。先輩のことちゃんと考えてる?』
心臓が大きく一打ちした。
『なんだよいきなり』
『もたもたしてると危ないかもって話』
『どういう意味だ?』
『先輩明日の公演クラスのある男子と見に来るって言ってたんよ。先輩かわいいし狙われてもおかしくないっしょ?』
すぐに返事を返すことができなかった。
目の前の文章に色んな思いが頭の中を駆け巡る。
(先輩が?男子と?そんなわけ。でも。俺には関係…。気にしても仕方な…)
だが、1番強く思ったことは。
(いやだ)
その時、直人から追加のメッセージ。
『なんてな!うそだよ笑』
「は?」
思わず声が出る。
『だけど、今感じた気持ち無視すんじゃねぇぞ。それがお前の本心だかんな!
んじゃおやすみ!』
「勝手に終わらせやがった」
不満混じりの言葉は彼に届かず消えていく。
(俺の気持ち)
あの時、彼女からのアドバイスの言葉を思い出していると、また携帯が鳴った。
まだ何かあるのかと画面を開くと、また心臓が大きく一打ち。
『やっほ。いよいよ明日だね。緊張してる?』
相手は今さっきまで頭に浮かんでいた彼女だった。
孝人は一呼吸置いて返事を打つ。
『いや、まだ』
『さすがだね!明日、最高の演技見せてね。楽しみにしてるよー!』
彼女の返事に自然と笑みがこぼれた。
『ありがとうございます』
気持ちとは裏腹に返事は淡白のものになってしまう。
『おやすみ!』
その言葉を受け、終わろうとしたが、直人に言われたことを思い出す。この文字だけ言葉だけの世界でなら、伝えたいことを伝えられるかもしれない。だが、その1歩を踏み出すのは孝人にとってかなり勇気のいることだった。
葛藤の末、気持ちを決める。恐らく今までにない決意だった。
『俺を見ていてください。
おやすみなさい』
ちゃんと伝わるだろうか。送った後に不安になるが、彼女はちゃんとわかっている。
『もちろん!!おやすみ!』
***
いつものように3人で昼休みを過ごしていると、突然部室の扉が開けられた。
「お前、何しに来たんだよ」
「別にばか兄には用ないから」
いつぶりかの来訪者は未来だった。
「みくちゃんね?はじめまして、結羽だよ」
「あ、未来です」
2人とも直人から少し話を聞いていたが、会うのは初めてだ。
(私より背低いんだ)
未来は密かに思った。
「ねぇ、もしかして用があるのって」
孝人の方を見る。なんだかデジャブを感じた。
「はい。夜野先輩に今日昼練をすると伝えてたはずなんですが」
「あーたかちゃん昼練やんない派だから。てか、わざわざ呼びに来るか?いくらたかちゃんと居たいからって」
「はあ?何言ってんの?まさか私が夜野先輩のこと好きだってまだ思ってるの?夜野先輩はばか兄と違って尊敬してる先輩だけど、ただそれだけ。この際言っとくけど、私付き合ってる人いるから」
「まじで…」
あからさまにショックを受けていたが、とりあえずこの件は彼の思い違いであったことがわかった。
未来は孝人に向き直る。
「夜野先輩の演技がすごく良くなってるのわかります。私ももっと良くならなきゃと思ってて、夜野先輩に見てもらいたいんです。お願いします」
後輩の頼みに、ほとんど無意識に何故か結羽のほうを見てしまった。
目が合う。
「なんで私見るの?」
自分でも分からない。
(これくらいはさすがにきにしないか)
一瞬頭に浮かんだ思いに動揺する。
後輩のこんな真摯な頼みを断る先輩はどうかしてるだろう。
「俺が役に立つかわかんねぇけど」
「ばか兄よりは立ちます!」
「おい!」
2人はともに部室から出ていった。
「みくちゃんは君に似てしっかりしてるんだね」
「嫌味っすか?」
「本心だよ?」
「そう言ってるっすけど、気になるんじゃないっすか?」
「なんないよ。…まぁちょっと、ちょーっとだけね」
「それはそうと、やのくん良くなってるんだね。もう悩んでない?」
「なんか掴んだっぽくて、めっちゃ良くなってきてるっすよ。結羽先輩のおかげっすね」
「それならいんだけど。早くみたいなぁ。」
「あの先輩、ちょっとデリカシーない質問していいっすか」
「いいっすよ」
「先輩、友達いますか」
「仲のいい友達はいないよ。ご飯もここで食べる前は一人で食べてたからね。でも、どうして?」
「いや、たかちゃんがぼそっと言ってたんすよ。あの人、いつも独りだなって。たかちゃん普段他人のこと見ないのに、やっぱ先輩のことは特別っていうか、他人じゃなくなってるんじゃないすかね」
「そうならいいな。でもそれはなおとくんもだと思うよ。私、彼が誰かと一緒にいるとは思わなかったから」
「先輩やっぱり前にたかちゃんに会ったこと」
「あるよ。…実を言うとね、小学校が同じだったの。やのくんにはたくさん助けてもらった。でも、やのくん引っ越すことになって、それが嫌でまた泣いちゃって。…でもその時に言ってくれたの。
泣くな。俺はお前を忘れない。忘れたとしても絶対思い出すから。それまで待っててくれ、って。約束、したんだ」
「約束…」
「私それが嬉しくて」
「だからそのこと言わないんすか。たかちゃんが思い出してくれるまで」
「はじめはそうだった。でも今は、過去なんかどうでもいいんだって思ってる。やのくんは過去の私を知らない。私だけ過去に取り残されてちゃだめだよね。今の彼は“こうちゃん”じゃなくて、“たかと”だもんね」
「先輩は十分たかちゃんのこと見てると思うっすけどね。…でも嫌じゃないっすか。色んな思い出が1年後には必ず忘れられるんすよ。過去が支えてくれることは無いんすよ」
「わかってる。でも嫌じゃないよ。その分今や未来をみれるから」
「たかちゃんが先輩みたいに前向きならなぁ」
「そうね。1番苦しんでるのはやのくん自身だと思う。だから私は彼のそばにいたい。彼の心を満たしたい」
「先輩ならできるっすよ。実際、たかちゃんは変わり始めてる」
「それはなおとくんのおかげもあると思うよ?」
「いや、友達の俺じゃできないこともあるっす」
「それでも彼にとって必要不可欠な存在になってるよ」
「そっすかね」
「うん!あ、そういえば今日お菓子持ってきてるんだった。たべる?」
「いただきます!!」
***
本番前日。孝人の部屋にて。
孝人は直人とメールをしていた。普段はあまりしないのだが公演前日ということもあり、直人から頑張ろうぜメールがきたのだ。話も切れてそろそろ終わろうとした時。
『なぁたかちゃん。先輩のことちゃんと考えてる?』
心臓が大きく一打ちした。
『なんだよいきなり』
『もたもたしてると危ないかもって話』
『どういう意味だ?』
『先輩明日の公演クラスのある男子と見に来るって言ってたんよ。先輩かわいいし狙われてもおかしくないっしょ?』
すぐに返事を返すことができなかった。
目の前の文章に色んな思いが頭の中を駆け巡る。
(先輩が?男子と?そんなわけ。でも。俺には関係…。気にしても仕方な…)
だが、1番強く思ったことは。
(いやだ)
その時、直人から追加のメッセージ。
『なんてな!うそだよ笑』
「は?」
思わず声が出る。
『だけど、今感じた気持ち無視すんじゃねぇぞ。それがお前の本心だかんな!
んじゃおやすみ!』
「勝手に終わらせやがった」
不満混じりの言葉は彼に届かず消えていく。
(俺の気持ち)
あの時、彼女からのアドバイスの言葉を思い出していると、また携帯が鳴った。
まだ何かあるのかと画面を開くと、また心臓が大きく一打ち。
『やっほ。いよいよ明日だね。緊張してる?』
相手は今さっきまで頭に浮かんでいた彼女だった。
孝人は一呼吸置いて返事を打つ。
『いや、まだ』
『さすがだね!明日、最高の演技見せてね。楽しみにしてるよー!』
彼女の返事に自然と笑みがこぼれた。
『ありがとうございます』
気持ちとは裏腹に返事は淡白のものになってしまう。
『おやすみ!』
その言葉を受け、終わろうとしたが、直人に言われたことを思い出す。この文字だけ言葉だけの世界でなら、伝えたいことを伝えられるかもしれない。だが、その1歩を踏み出すのは孝人にとってかなり勇気のいることだった。
葛藤の末、気持ちを決める。恐らく今までにない決意だった。
『俺を見ていてください。
おやすみなさい』
ちゃんと伝わるだろうか。送った後に不安になるが、彼女はちゃんとわかっている。
『もちろん!!おやすみ!』
***