数日後。部活にて。
公演の台本、役柄と順調に決まっていき、ほぼ毎日練習が続いていた。
物語の大体の内容はこうだ。
姫と従者が惹かれ合い、それが王様に気付かれ従者は国から追放されてしまう。姫は彼を諦めきれず、城を飛び出し彼を探す旅に出る。途中旅人の助けを借りながら姫は無事従者との再会を果たす。

だが、孝人は苦戦していた。
彼が演じるのは助けた姫に一目惚れをした旅人。この人物の気持ちをちゃんと理解することができないでいたのだ。
「夜野くん。今のでも悪くは無いんだけど、もっと欲しいな。そこ後ろから抱き止めてもいいかも。気持ちを入れて、頑張って」
「…はい」


休憩中。
「どうして俺は妹が親友に抱きしめられてる姿を見なきゃならないんだぁ」
柳未来の役は主役の姫である。
「そういう役だし、演技だからな」
「演技と言えど、そこから発展する可能性は無きにしも非ず。まってもしそうなったら、俺たかちゃんの兄貴になるの?友達から兄弟になるってどんな感じなんだろ」
「有り得ないから安心しろ」
「それはやっぱ結羽先輩が―」
「黙れ柳」

***

数日後。昼休み。部室にて。
「最近お疲れね。部活大変なの?」
食べながら台本を覗き込んでいる2人に声をかける。
「やっぱ分かるっすか。公演まではまぁまだ時間あるんすけど、山あり谷ありっすよ」
「そうなんだぁ。でもなんかいいね。高校生って感じ」
「1年しか変わんないでしょう」
変に大人っぽく言う結羽に、孝人は視線を向けず呟く。
「先輩は部活やめたんすか?」
「ううん。うち、店やってて人手足りないから手伝ってるんだ。だから元々入ってない」
「そうだったんすね」
「別にどうしてもやりたいって気持ちはなかったから、いんだけど。今思うと演劇部入っとけば良かった〜!」
「たかちゃんといる時間が増えるから?」
「なおとくん鋭い」
「誰でもわかるっすよ」
話に入る気のない孝人はとりあえず聞き流す。結羽はここで話を戻した。
「で、何に悩んでるの?確か君の役って、姫を助ける旅人だっけ?」
「最終的には好きな人の幸せを願う超絶おいしい役」
「そうなんだぁ!それで?」
興味津々という目が孝人に注がれる。
「先輩に言ってどうするんですか」
「なぜ姫に一目惚れするか、気持ちがわからないんすよ」
睨みをスルー。
「先輩ならわかるんじゃないっすか?アドバイスは貰っとこうぜ、たかちゃん」
「私全然いいこと言えんよ?」
「期待してないです」
本気のその言葉に結羽は少しむっとする。
「きっと君は、分からないんじゃなくて、分かろうとしてないんじゃない?」
どういう意味かわからないという様子で顔をしかめる。
彼女は言葉を続ける。
「好きって、自分ではどうしようもできない気持ちなの。欲なの。それをちゃんと想像して。君はその気持ちに向き合ってない気がする。無視してるっていうか。だから相手の気持ちから、自分の気持ちから目を背けないで」
孝人の動きは止まっていた。
力強い彼女の言葉はストレートに孝人の胸に響く。目の前の人物の方が自分のことをわかってるんじゃないか。そんな気さえしてくる。
何となくズレてることを言った気がして、結羽は浮いた腰を落ち着かせた。
「ごめん。これただの私の気持ちかもです」
「いや、先輩。俺ちょっと感動してるっす」
そんな彼女に直人は今の気持ちを素直に述べる。
「そう?あ、あと最後の言葉は受け売りよ。昔よく泣いてた私に言ってくれた人がいたの」
「すっげぇかっこいいっすねその人」
その時のことを思い出しているのか、彼女は優しく笑う。
(またその目)
孝人の中には言い知れぬ感情が沸き起こっていた。さっきまで自分に向けられていた目は、今はもう別の誰かを写している。

一瞬、思いの違う両者の視線が交わる。結羽は視線を変えずに、微笑んだ。その中には悲しみの色。
「少しは君の助けになったかな」
「……わからないです」
「そっか」
「…だけど、向き合ってみます」
彼女の言葉を無駄にしたくなかった。彼女の期待に応えたいと、おもった。
孝人の精一杯の応えに彼女は嬉しくなり、満面の笑みを彼へ向ける。
「応援してるぞ」
「…どうも」
目を何度か瞬かせ、お茶を飲む。
(あのたかちゃんが動揺してる)
直人は密かに思った。
前髪で隠れなくなった彼の表情は、前より少しだけ分かりやすくなっていた。


彼女の目が、表情が、言葉が、自分だけに向けられてほしい。
その想いに孝人自身が気づくのはもう少し後のこと。

***