数日後。昼休み。部室にて。
「今日なんか機嫌悪い?」
孝人の様子を見て結羽は尋ねた。傍から見たらまるで分からないが。
「分かるんすか結羽先輩!さっすが〜」
「彼のことならなんでもね」
得意げにピース。
「彼とか言うな」
「ただの三人称でしょ?それよりなんかあったん?」
「それが、部長に、舞台に立つんだからその前髪切れ!ってさ。さっき運悪く会っちゃってね〜」
部長の真似を交えながら説明する。
「確かにそれじゃ顔よく見えんもんね」
孝人の前髪に手を伸ばすが。
「触んな」
怒りを含んだ言葉と共に結羽の手は振り払われてしまった。
彼女としてはごく自然な行為だったのだが、彼にはNGだった。
「あ、ごめん。またやらかした」
そして、いつかしたように困ったような笑顔を浮かべた。
(ああ、あんたのその顔は嫌いだ)
隠しきれない本心を笑顔で上塗りしているような、そんな表情を見る度、孝人の胸は嫌にざわついていた。
「たかちゃんシャイだから!気にするだけ無駄。俺もやられたことあるしね」
2人の空気が悪くなりそうになると、すかさずこの男の登場。最高に良い奴だ。
「俺が切ってやろっか?最高にかっこよくしてやるよ?」
「ぜってぇ嫌だ」
***
週明け。朝。教室にて。
孝人は鬱屈していた。前よりも広くなった視界には多くのものが写り、落ち着かない。
「たかちゃんの目が見える!感動的だ!」
「黙れ柳」
「前もイケてたけど今もイケてる。ああどうしよう、これでたかちゃんのモテ期が来たら。俺は嬉しいような、憎らしいような…」
「口縫うぞ」
(マジで落ち着かねぇ)
孝人の視線はどんどん下へ下がっていく。
そんな彼に。
「一つだけ俺からのアドバイス。それ以上猫背にならない方がいい」
ウインクを残し、前を向いた。
***
昼休み。部室にて。
「今日結羽先輩遅いね。先輩にこそ見て欲しんだけどなぁ」
「来なくていい」
「いつかは見られんだから早い方が良くね?」
返す言葉が思いつかず、とりあえず睨んでおく。
「たかちゃんの睨みがもろくるー」
どことなく賑やかさが欠けているのを感じながら、二人は食を進めた。
「わり、便所行ってくるわ」
「はいよ」
一人きりの部室で、自分の咀嚼音がうるさく感じる。
(静か…だな)
久々に感じた静けさは彼の孤独感を掻き立てた。
少しして部室に入ってきたのは結羽だった。
「ごめん遅れたー!急に先生に呼び出され…て…」孝人を見て語尾が薄れる。
「別に待ってない」
「か、髪切ったんだ!とっても素敵ってわ!」
動揺したように彼の方へ向かうと、片付け忘れたイスにつまずいた。
「おい!」
咄嗟に手を出す。間一髪のところで倒れずに済んだ。
「何やってんですか。大丈夫…」
こっちを見た彼女が突然に涙を流し、言葉を続けることが出来なかった。
彼女は孝人の目を真っ直ぐ見つめ、震える声で呟いた。
「こう…ちゃん」
その言葉に説明できない感情が押し寄せた。
(この人の目は俺を見てない)
「俺は…孝人です」
無表情、だが何かを押し隠した返答に、彼女はハッと我に返り、慌てて離れた。
「ごめん」
これ以上にない悲しい瞳を彼に向け、教室を飛び出していった。
「あれ、結羽先輩どこに!?」
入れ違いに直人が戻ってくる。
「……何があったの?」
結羽のお弁当がポツンと床に残されていた。
***
翌日。昼休み。教室にて。
「たかちゃん、ちゃんと返してきなよ。結羽先輩のお弁当」
結羽のお弁当は、帰りに会えなかったため返すにも返せず、孝人が持って帰っていた。
「こういう時は来ないんだな」
「だって俺その件については関係ないからね。じゃ、先部室行ってるから絶対来いよ!」
さっさと行ってしまった。
彼女の弁当をいつまでも自分が持っている訳にもいかないので、ため息をつきながらも自身の教室を後にした。
「確か3年2組…あ」
目的地にたどり着く前に、目的の人が向こうからやってきた。
彼女も気づくと、昨日のことなんてなかったように明るい笑顔を向けて駆けてきた。
「どうしてこっちに!?」
「先輩こそ」
言いかけて、彼女の手の小銭入れに視線が移る。
「そゆこと」
はにかむ彼女に、孝人は無表情に自分の右手に握られた物を掲げた。
「買う前で良かったです」
「私のお弁当!わざわざ持ってきてくれたんだ!」
「仕方なくです」
受け取るとそこそこの重さを感じる。
「これ、まさか昨日の?」
「なわけないじゃないですか。母親がついでに作ってくれたんです」
「うっそ。マジですか」
「マジです。なので…行きますよ。あいつが孤独死しないうちに」
こちらに視線を向けずに言う彼を見て、結羽は嬉しみに胸を高鳴らせた。
「そうね!なおとくん一人慣れてなさそうだもんね。あーあと」
少し表情を変える。
「昨日はいきなりごめんね。そっちの方が君の目がよく見える。とても素敵よ」
「見ないでください」
彼の胸の中には温かなものが広がっていた。
このままだと火傷してしまうようなそんな何かが。
部室に着くと、待ち人は落ち着きなく歩き回っていた。
「あ、良かった〜!もう独りだとなんかじっとしてらんなくて」
「わるいわるい」
「それ全然思ってないやつだー」
3人は定位置につき、いつもの昼休みに戻った。
***
「今日なんか機嫌悪い?」
孝人の様子を見て結羽は尋ねた。傍から見たらまるで分からないが。
「分かるんすか結羽先輩!さっすが〜」
「彼のことならなんでもね」
得意げにピース。
「彼とか言うな」
「ただの三人称でしょ?それよりなんかあったん?」
「それが、部長に、舞台に立つんだからその前髪切れ!ってさ。さっき運悪く会っちゃってね〜」
部長の真似を交えながら説明する。
「確かにそれじゃ顔よく見えんもんね」
孝人の前髪に手を伸ばすが。
「触んな」
怒りを含んだ言葉と共に結羽の手は振り払われてしまった。
彼女としてはごく自然な行為だったのだが、彼にはNGだった。
「あ、ごめん。またやらかした」
そして、いつかしたように困ったような笑顔を浮かべた。
(ああ、あんたのその顔は嫌いだ)
隠しきれない本心を笑顔で上塗りしているような、そんな表情を見る度、孝人の胸は嫌にざわついていた。
「たかちゃんシャイだから!気にするだけ無駄。俺もやられたことあるしね」
2人の空気が悪くなりそうになると、すかさずこの男の登場。最高に良い奴だ。
「俺が切ってやろっか?最高にかっこよくしてやるよ?」
「ぜってぇ嫌だ」
***
週明け。朝。教室にて。
孝人は鬱屈していた。前よりも広くなった視界には多くのものが写り、落ち着かない。
「たかちゃんの目が見える!感動的だ!」
「黙れ柳」
「前もイケてたけど今もイケてる。ああどうしよう、これでたかちゃんのモテ期が来たら。俺は嬉しいような、憎らしいような…」
「口縫うぞ」
(マジで落ち着かねぇ)
孝人の視線はどんどん下へ下がっていく。
そんな彼に。
「一つだけ俺からのアドバイス。それ以上猫背にならない方がいい」
ウインクを残し、前を向いた。
***
昼休み。部室にて。
「今日結羽先輩遅いね。先輩にこそ見て欲しんだけどなぁ」
「来なくていい」
「いつかは見られんだから早い方が良くね?」
返す言葉が思いつかず、とりあえず睨んでおく。
「たかちゃんの睨みがもろくるー」
どことなく賑やかさが欠けているのを感じながら、二人は食を進めた。
「わり、便所行ってくるわ」
「はいよ」
一人きりの部室で、自分の咀嚼音がうるさく感じる。
(静か…だな)
久々に感じた静けさは彼の孤独感を掻き立てた。
少しして部室に入ってきたのは結羽だった。
「ごめん遅れたー!急に先生に呼び出され…て…」孝人を見て語尾が薄れる。
「別に待ってない」
「か、髪切ったんだ!とっても素敵ってわ!」
動揺したように彼の方へ向かうと、片付け忘れたイスにつまずいた。
「おい!」
咄嗟に手を出す。間一髪のところで倒れずに済んだ。
「何やってんですか。大丈夫…」
こっちを見た彼女が突然に涙を流し、言葉を続けることが出来なかった。
彼女は孝人の目を真っ直ぐ見つめ、震える声で呟いた。
「こう…ちゃん」
その言葉に説明できない感情が押し寄せた。
(この人の目は俺を見てない)
「俺は…孝人です」
無表情、だが何かを押し隠した返答に、彼女はハッと我に返り、慌てて離れた。
「ごめん」
これ以上にない悲しい瞳を彼に向け、教室を飛び出していった。
「あれ、結羽先輩どこに!?」
入れ違いに直人が戻ってくる。
「……何があったの?」
結羽のお弁当がポツンと床に残されていた。
***
翌日。昼休み。教室にて。
「たかちゃん、ちゃんと返してきなよ。結羽先輩のお弁当」
結羽のお弁当は、帰りに会えなかったため返すにも返せず、孝人が持って帰っていた。
「こういう時は来ないんだな」
「だって俺その件については関係ないからね。じゃ、先部室行ってるから絶対来いよ!」
さっさと行ってしまった。
彼女の弁当をいつまでも自分が持っている訳にもいかないので、ため息をつきながらも自身の教室を後にした。
「確か3年2組…あ」
目的地にたどり着く前に、目的の人が向こうからやってきた。
彼女も気づくと、昨日のことなんてなかったように明るい笑顔を向けて駆けてきた。
「どうしてこっちに!?」
「先輩こそ」
言いかけて、彼女の手の小銭入れに視線が移る。
「そゆこと」
はにかむ彼女に、孝人は無表情に自分の右手に握られた物を掲げた。
「買う前で良かったです」
「私のお弁当!わざわざ持ってきてくれたんだ!」
「仕方なくです」
受け取るとそこそこの重さを感じる。
「これ、まさか昨日の?」
「なわけないじゃないですか。母親がついでに作ってくれたんです」
「うっそ。マジですか」
「マジです。なので…行きますよ。あいつが孤独死しないうちに」
こちらに視線を向けずに言う彼を見て、結羽は嬉しみに胸を高鳴らせた。
「そうね!なおとくん一人慣れてなさそうだもんね。あーあと」
少し表情を変える。
「昨日はいきなりごめんね。そっちの方が君の目がよく見える。とても素敵よ」
「見ないでください」
彼の胸の中には温かなものが広がっていた。
このままだと火傷してしまうようなそんな何かが。
部室に着くと、待ち人は落ち着きなく歩き回っていた。
「あ、良かった〜!もう独りだとなんかじっとしてらんなくて」
「わるいわるい」
「それ全然思ってないやつだー」
3人は定位置につき、いつもの昼休みに戻った。
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