数日後。部活にて。
「これからよろしくお願いします!」
演劇部の新入部員が決まった。だが、この高校の演劇部はそんなに有名ではなく、部員もあまりいない。従って新一年生もそんなには集まらなかった。
「夜野くんがもう少し協力してくれたら、もう少し集まったかもなぁ」
部長が孝人をみる。
「俺も頑張ったんですけど」
「部長、こいつに何言っても無駄ですよ」
「ちょっと言ってみただけさ。さあ、まずは発声練習を覚えようか!」
部長は、よく通る声で皆に声をかけた。

部長がこう言うのももちろん理由がある。
孝人は普段裏方として舞台を照らす照明操作をしているのだが、1度だけ役者をしたことがあり、それがなかなかに上手かった。普段とのギャップで、部員内では密かにモテている。公演を見る人が少なかったのと近づきづらいオーラのため、あまり知られていないのだが。
そのため、毎年やっている部員紹介のちょっとした演劇で孝人に役者を勧めたが、彼はそれを拒否していたのだ。

「ばか兄」
「俺は知ってる、お前がツンデレなことを」
「勘違い男はモテないよ」
「ほっとけ!」
直人に声をかけたのは、彼の妹の柳未来(みく)だ。
孝人のことは兄から聞いていて、1度挨拶をしたこともあった。
「夜野先輩、ばか兄はちゃんとやってますか?」
「まあそこそこ」
「リアルな答え!兄妹同じ部活ってすげぇやりづれーんだけど!」
「じゃあ辞めれば?」
そう言い残し、友達のほうへ駆けていった。
「俺は知ってる、あいつがツンデレなことを」
「勘違い男はモテないぞー」
「ほっとけ!」
一連の流れを繰り返したあと、ため息混じりに孝人を見る。
「つーか、あいつがこの高校の演劇部入ったのたかちゃんのせいなんだからなー」
「俺?」
「そ。たかちゃんの演技見て、中身みて、ギャップにやられたんだよ。俺の妹まで手玉に取るなんて…」
直人は泣き真似をしてみせた。
「だまれ。柳さんが言ってるのか?」
「言うわけないだろ。全否定。だが俺にはわかる。あとひとつい?」
アイコンタクト。
「柳さんって言うのやめない?」
アイコンタクト。
「わかった。俺が我慢するよ」

***

数日後。部活にて。
1年生もだんだんと部活に慣れはじめてきた頃。部長の掛け声で、みんなが集まる。
話は、これからの予定。主に新人公演のことだった。新人公演は近くの小さいホールを借りて行われる。基本新1年は皆役者にあてられ、ここで役者の経験を積ませる。あまり人も集まらないためそこそこの緊張感でやれるのだ。
そして演じるジャンルは恋愛ものと毎年決まっている。
「だが、部員が少ないため2年からも2人ぐらい入ってもらう」
「部長それ新人公演にならなくないですか?」
「仕方ないだろ。決め方はくじ引き。否定意見は受け付けない、以上!」
「なんてパワハラ部長だ」

***

翌日。昼休み。部室にて。
「それで誰がなったの?」
この3人の絵にも見慣れてきた。
「誰だと思う?」
「もしかして…」
結羽は視線を前へ向ける。
「あたり!まさかなぁ、たかちゃんくじ運悪いなんてなぁ!」
この男は本気で楽しんでいる。
「何も面白くない。最悪だ」
「どうして?下手なの?」
「たかちゃんは上手いよ」
「部長もお前も俺を持ち上げすぎだ」
「じゃあ、演技嫌いなの?」
「新人公演の時も嫌がってたよね。理由は知らんけど」
自分の答えを待っている2人に耐えかね、渋々と言った感じで口を開いた。
「…演技自体は別に嫌いなわけじゃない。ただ、……人に見られたくない」
「「かわいい」」
2人から思わずと言った調子にこぼれた。
「だから言いたくなかった」
ため息が響く。

***

ある日。授業中。
先生の話に飽き、なんとなく外を眺める。校庭ではどこかの女子が体育の授業をしていた。
ふと、1人の人物に目が止まる。結羽だ。
(この時間先輩のクラスだったのか)
今まで気にしたことがなかった。
すると、彼女がこちらに目を向けてきた。孝人は慌てて目をそらす。視線でも感じたのだろうか。
(…びっくりした)

その日から孝人は毎週その時間、何となく外を見ることが多くなった。
そして気づいた。彼女があまり人と接していないことに。

***