翌日。放課後。下駄箱にて。
「あ、やっと見つけた!」
2人に声をかけたのは昨日の彼女だった。
「昼休みも2年の教室探し回ったんよ。でもいなかったから今日休みかとも思ったけど、ここで張ってて正解だったね」
なんともない様子で言ってのける。
(え、こわ)
もっともな感情だ。
孝人は迷惑そうに一応尋ねた。
「あの、まだ俺に何か?」
「言ったでしょ?また明日って」
「そうだったか?」
「ちょっと確認させて?この子が昨日言ってた?」
仲間外れにしないでと言わんばかりにもう1人が登場。だが正直この男がいて良かった。
「ああ」
「もしかして君の友達!?」
嬉しさを含んだ驚きの声を出す。
「そんなに驚く?まあその通りだけど。俺はたかちゃんの大親友、2年3組柳直人。よろしく!
で、きみは?」
「私は3年2組の佐久良結羽(さくらゆう)。よろしくね!」
直人を見上げる瞳は純粋に彼を捉える。
「先輩だったんすか!すんません!」
「別に気にしてないよ」
慣れているのか、本当に気にしてないようだ。
まだなにか言おうとした彼女より先に孝人が口を開いた。
「部活遅れるんでそろそろいいですか」
「たかちゃんそれ冷たない?」
楽しく話しかける直人と冷たく言い放つ孝人。相変わらずの温度差である。孝人は先に行こうと一歩踏み出すが、彼女はその手を掴み…。

「付き合って」

「……はい?」
思いがけない一言に言葉が続かない。聞き間違いかと思ったが
「2度も言わせんでよ」
そうでは無いようだ。
「……」
「俺、先行ってようか?」
「…ああ」
直人の気遣いに素直に応じる。
「とりあえず、手放してくれません?」
「ごめんごめん!」
向き直り、一呼吸置く。
「佐久良、先輩?俺は―」
「苗字で呼ばんで。名前で呼んでよ」
「…俺はこの手の冗談は嫌いです。たまたま角でぶつかりそうになったってだけで、俺で遊ぶのやめてください」
「………」
「じゃあ、そういうことなん―」
「私は、冗談でも、遊びでもない。私は、本気。君のことが本気で…すき、だから」
初めて彼女の視線がズレる。
「また明日!!」
再び言い逃げをした彼女の頬はほのかに赤く染まっていた。

「先輩女子から告白とか羨まー」
玄関を出ると、待ち人が顔を出した。
「先行ってたんじゃなかったのか」
「俺がこんな面白そうなところ見逃すと思う?」
「何も面白くない」
「返事どうすんの?」
「本気で言ってるなら、本気で断るだけだ」
「前みたいに?」
「だまれ」

***

翌日。昼休み。部室にて。
2人は部活で使っているこの演劇部部室で昼休みを過ごしている。教室棟とは別の棟で、部活以外の時間滅多に人が来ることはない。だが、この日は違った。

コンコンコン。
ノック音が響く。
全く動く気配のない孝人。
「当たり前のように俺が出るのね。別にいいけど」
軽口を叩きながら扉を開けると、そこに立っていたのは。
「や、昨日ぶりだね」
「佐久良先輩!?」
やはりと言うべきだろうか。
「ここにいたんだね。見つからないはずだよー」
「どうしてここに―あ」
言いかけて、昨日の出来事を思い出し、彼女が用があるであろう人物に目を向ける。
向けられた人物は心底迷惑そうに眉を寄せた。
「なおとくん、正解。ちょっと言っときたいことがあって、それ済んだら今日はいいから」
孝人は早く話を終わらせようと言葉を挟む。
「昨日の返事なら―」
「まって!まだ、言わんで。分かってるから。昨日のはただ私の気持ちを知って欲しかったんだ」
「俺の気持ちは無視するのに?」
「これから君の気持ちを変えてみせる」
その言葉に驚きと不快さが現れる。
孝人は溜息をつき、ずっと思っていた疑問を口にした。
「なんで俺なんですか」
「言ったでしょ?君に運命感じだって」
「気のせいですよ。たった一度会った相手をどうして好きになれるんですか?俺の事何も知らないですよね?なのになんでそんなに自信もって言えるんですか?俺には理解できません」
「ちょっとたかちゃん言い過ぎでしょ!」
だんだんと早口に落ち着いた憤りをぶつける孝人を、直人は慌てて(たしな)める。
「…すみません」
ちらりと見た彼女の表情は悲しみを隠した優しいものだった。
「いいよ。君の考えは正しい。だけど、それでも私には君しかいない」
彼女の目には孝人には知らない、強い意志が宿っていた。
「本当に君に拒絶されるまで、私は諦めんから。また明日!」
言いたいことを言い終わったのか、清々しく彼女は部室を出ていった。

「行っちゃったね」
「なんなんだあの女」
「彼女先輩だからね?それにしても、珍しくわかりやすく怒ってたよね」
「俺だってこんなだけど感情が無いわけじゃねぇよ。薄れるのが早いだけで」
「そうだった。じゃあ今先輩のことは」
「特に……いや、わかんねぇ。あの人が何考えてるか全然わかんねぇ」
いつもなら、気にしても仕方ないと割り切るところだが、できなかった。
「そう?まあ、ひとつ確かなことはあるよね」
顔をしかめ、目で先を促す。
直人は、ニヤッと笑いそれに応える。

「たかちゃんへの気持ちは本気だってこと」

「お前、面白がってるだろ」
「いや?でも、たかちゃんの何かが変わりそうな予感はするよね」
「…なんだよ、それ」

もうこれ以上、親しい者など作りたくない。そう思う一方で…。

***

翌日。昼休み。部室にて。
少し早めに休み時間に入った2人は返されたテストの話をしていた。
「現文はできんだけど古文がなぁ。たかちゃんどうだった?」
「まあふつう。…だけど、全くわからない問題でて、そこはゼロ」
「範囲外のとこあったっけ?」
「最後の、文豪とその作品選ぶやつ。いつ習った?」
「あーそれか。中学ん時やったかな。確かに知らなきゃバカにされる常識的な問題だね。ま、知ってたからってそれまでだけど」
「ちなみにお前は?」
「そこは満点」
「はあぁ〜」
「そんなに落ち込む!?」

コンコンコン。
唐突に昨日と同じノック音が聞こえた。
「開いてるっすよー」
予想していた人物がひょこっと顔を覗かせる。
「や。よかった〜。もしかしたらいないんじゃないかと思った」
「佐久良先輩のためっすよ!」
「黙れ柳」
冷たい声。それに続く嬉しそうな声。
「これからもここに来ていいってことだよね?」
「もちろんいいっすよ」
「ダメって言っても来るんでしょう」
「まぁね!」
彼女はその応えに満足して適当に座り込む。
ふと、直人が若干遠慮がちに口を開いた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、俺はここにいていいんすかね?」
「お前がいなきゃこの場が持たない」
「なんでそんなこと聞くの?」
1人は淡々と、もう1人は不思議そうに応える。

(無駄な気遣いだったかな)
彼は暖かな目で2人を見る。
「いや、なんでもないっす!」

こうして、この日から3人で過ごす昼休みがはじまった。明るい結羽とコミュ力が高い直人はすぐに仲良くなり、なかなか楽しい時間になっていた。

***