夜野孝人には思い出がない。
自分の記憶力は人より少し悪いだけだと、最初はそう思っていた。だが、1年程度しか続かないこの記憶は周りとギャップをつくり、会話をなくし、俺はいつしか孤立していた。
日記や写真を見ても全く思い出せない。
どうせ忘れるなら、友達も、思い出も、作る意味が無い。そう思った瞬間、俺の世界は色褪せた。
***
始業式の日。教室にて。
「またたかちゃんと同じクラス〜?顔見飽きたんだけどー」
「だったら後ろを見るな」
「うそだよたかちゃん!ほんとはめちゃくちゃ嬉しい。もう俺シャイなんだから言わすなよな!」
「お前のどこがシャイだって?」
「そうだな…目?口は違う」
「だろうな」
孝人は長い前髪から無感情の目を少し覗かせる。
目の前の相手は笑って、前を向いた。
彼の名前は柳直人。孝人の親友とも呼べる存在だ。1年の時、名前の関係で席が前後であったため、孝人に話しかけ、今に至る。溢れ出る人柄の良さから友達は多いが、つるむ相手は孝人であった。
直人とは逆に、孝人は人と距離をとっていて、話しかけづらい雰囲気を纏っていた。なんであの二人仲良いのだろうと周りからは思われている。
そのため、前に孝人が「俺と居てもつまらないだろ」と言ったが、彼の答えは「それは俺が決めること。そして俺は今楽しいよ?」というものだった。
向こうが好んでくるなら無理に断る必要も無い。会わなくなったら彼のこと自体、1年後には忘れてしまうのだから。
***
放課後。下駄箱にて。
「たかちゃん、部活明日からだしこれからどっか行く?だよね!じゃあ飯食うか遊ぶか―」
「お前耳変じゃないか?俺は何も言ってないが」
「ふっふっふ。実は俺ね、たかちゃんの心の声が聞こえるんだ」
得意げに言うが。
「ああ、変なのは頭の方だったか」
軽く流される。
「知っての通りこれが通常運転。なぁ行こうぜ?」
「行かない。明日テストだろ」
「ああそうだった!始まってすぐテストとかマジないわ。てかたかちゃん勉強すんの?」
「それなりにはな。俺はお前と違って要領よくないんでね」
「わあ、たかちゃんが俺の事褒めてくれた!お礼に勉強教えてあげよっか?」
「……」
「たかとくん?何か言ってくれないと俺ただの上から目線の天才になっちゃうんだけど」
「ああ悪い。お前は中の上。大丈夫だ」
「言い方〜、ってどこ行くの?」
話し相手が靴をしまい、引き返し始めていた。
「教室。ファイル忘れた」
「たかちゃんにしては珍しいね。俺も行くよ」
「子供じゃねんだから。先帰ってろ」
「んじゃ待ってる〜」
確かに直人の言う通りだった。孝人は割とちゃんとしている方で、忘れ物はあまりない。
だが、このちょっとした普段ないことが、孝人を変える出会いを引き寄せることとなる。
ファイルをカバンに入れ、帰り道の廊下の曲がり角。向こう側からかけてくる足音が聞こえた。
(ぶつかるな)
わかってて止まらないバカはいない。
だが、飛び出てきた人物はこちらに気づき、1人でよろめいた。
「わあ!」
「…えっと?」
勝手にぶつかった雰囲気を出され、戸惑う。
「ごめんごめん。大丈夫!」
(だろうな)
身長は低く、ゆったりと長い少し癖のある髪。彼女は恥ずかしそうに孝人の顔を見ると、段々と目が見開かれていった。
「あれ、こうちゃん?」
(こうちゃん?)
「こうちゃんだ!嘘みたい!ここにいたの!?背高くなったのね!」
何やら嬉しそうにしている彼女だが、孝人にとっては全く身に覚えのない人物だ。これまた1人で騒がれても困る。
「あ、あの人違いじゃないですか。俺、“こーちゃん”じゃないですけど」
「こーちゃんじゃない?きっとその前髪で私の顔が見えてないんじゃない?」
なお、顔を覗こうとする彼女に不快な思いが募る。
「あまり、見ないでくれますか」
孝人は人の目を見るのもその逆も苦手になっていた。
「…相変わらずだね。でも、そっか。私の事分からないか」
彼女は声を落とし、悲しそうに微笑んだ。
そんな事言われても、親しい女子などいないし、彼女の勘違いとしか思えない。もしくは…。だが、それを考えたところで意味は無い。忘れたことは二度と思い出せないのだから。
孝人の反応を見届けた彼女は、どこか吹っ切れたようにパッと明るい雰囲気を纏わせた。
「まあいいや!ここで会ったのもきっと何かの運命。うん、私君に運命感じた!」
「普通に困ります」
「てことで、また明日!」
何が起きたかいまいち掴めていない孝人を一人残し、彼女は姿を消した。
孝人の中には、ただ困惑と面倒だという思いしかなかった。
***
自分の記憶力は人より少し悪いだけだと、最初はそう思っていた。だが、1年程度しか続かないこの記憶は周りとギャップをつくり、会話をなくし、俺はいつしか孤立していた。
日記や写真を見ても全く思い出せない。
どうせ忘れるなら、友達も、思い出も、作る意味が無い。そう思った瞬間、俺の世界は色褪せた。
***
始業式の日。教室にて。
「またたかちゃんと同じクラス〜?顔見飽きたんだけどー」
「だったら後ろを見るな」
「うそだよたかちゃん!ほんとはめちゃくちゃ嬉しい。もう俺シャイなんだから言わすなよな!」
「お前のどこがシャイだって?」
「そうだな…目?口は違う」
「だろうな」
孝人は長い前髪から無感情の目を少し覗かせる。
目の前の相手は笑って、前を向いた。
彼の名前は柳直人。孝人の親友とも呼べる存在だ。1年の時、名前の関係で席が前後であったため、孝人に話しかけ、今に至る。溢れ出る人柄の良さから友達は多いが、つるむ相手は孝人であった。
直人とは逆に、孝人は人と距離をとっていて、話しかけづらい雰囲気を纏っていた。なんであの二人仲良いのだろうと周りからは思われている。
そのため、前に孝人が「俺と居てもつまらないだろ」と言ったが、彼の答えは「それは俺が決めること。そして俺は今楽しいよ?」というものだった。
向こうが好んでくるなら無理に断る必要も無い。会わなくなったら彼のこと自体、1年後には忘れてしまうのだから。
***
放課後。下駄箱にて。
「たかちゃん、部活明日からだしこれからどっか行く?だよね!じゃあ飯食うか遊ぶか―」
「お前耳変じゃないか?俺は何も言ってないが」
「ふっふっふ。実は俺ね、たかちゃんの心の声が聞こえるんだ」
得意げに言うが。
「ああ、変なのは頭の方だったか」
軽く流される。
「知っての通りこれが通常運転。なぁ行こうぜ?」
「行かない。明日テストだろ」
「ああそうだった!始まってすぐテストとかマジないわ。てかたかちゃん勉強すんの?」
「それなりにはな。俺はお前と違って要領よくないんでね」
「わあ、たかちゃんが俺の事褒めてくれた!お礼に勉強教えてあげよっか?」
「……」
「たかとくん?何か言ってくれないと俺ただの上から目線の天才になっちゃうんだけど」
「ああ悪い。お前は中の上。大丈夫だ」
「言い方〜、ってどこ行くの?」
話し相手が靴をしまい、引き返し始めていた。
「教室。ファイル忘れた」
「たかちゃんにしては珍しいね。俺も行くよ」
「子供じゃねんだから。先帰ってろ」
「んじゃ待ってる〜」
確かに直人の言う通りだった。孝人は割とちゃんとしている方で、忘れ物はあまりない。
だが、このちょっとした普段ないことが、孝人を変える出会いを引き寄せることとなる。
ファイルをカバンに入れ、帰り道の廊下の曲がり角。向こう側からかけてくる足音が聞こえた。
(ぶつかるな)
わかってて止まらないバカはいない。
だが、飛び出てきた人物はこちらに気づき、1人でよろめいた。
「わあ!」
「…えっと?」
勝手にぶつかった雰囲気を出され、戸惑う。
「ごめんごめん。大丈夫!」
(だろうな)
身長は低く、ゆったりと長い少し癖のある髪。彼女は恥ずかしそうに孝人の顔を見ると、段々と目が見開かれていった。
「あれ、こうちゃん?」
(こうちゃん?)
「こうちゃんだ!嘘みたい!ここにいたの!?背高くなったのね!」
何やら嬉しそうにしている彼女だが、孝人にとっては全く身に覚えのない人物だ。これまた1人で騒がれても困る。
「あ、あの人違いじゃないですか。俺、“こーちゃん”じゃないですけど」
「こーちゃんじゃない?きっとその前髪で私の顔が見えてないんじゃない?」
なお、顔を覗こうとする彼女に不快な思いが募る。
「あまり、見ないでくれますか」
孝人は人の目を見るのもその逆も苦手になっていた。
「…相変わらずだね。でも、そっか。私の事分からないか」
彼女は声を落とし、悲しそうに微笑んだ。
そんな事言われても、親しい女子などいないし、彼女の勘違いとしか思えない。もしくは…。だが、それを考えたところで意味は無い。忘れたことは二度と思い出せないのだから。
孝人の反応を見届けた彼女は、どこか吹っ切れたようにパッと明るい雰囲気を纏わせた。
「まあいいや!ここで会ったのもきっと何かの運命。うん、私君に運命感じた!」
「普通に困ります」
「てことで、また明日!」
何が起きたかいまいち掴めていない孝人を一人残し、彼女は姿を消した。
孝人の中には、ただ困惑と面倒だという思いしかなかった。
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