「じゃあ、もう鬼ごっこは終わりってこと? あたしに血を吸われる気になったってこと?」
 その確認の言葉に和真は「そうだよ」と頷く。
「毎日鬼ごっこすんのも疲れたんだよ。お前が俺の血を吸って満足すればこんな不毛な追いかけっこは終わりだろ?」
「……まあ、そうね」
 何やら納得しきれない様子の蓮香だが、和真の言葉を否定はしない。
 少し躊躇う様子を見せつつも、ゆっくり和真へ近づいて行く。

 目の前で視線を合わせた。
 身長差がほとんどないので、真正面に蓮香の綺麗な瞳が見える。
 蓮香は突然血を吸っても良いと言った和真を不審に思っているのか、探るような眼差しだ。
 対する和真は余裕がある。今まで迷惑かけられた分一矢報いる気ではいるが、血を吸われる覚悟はしてきていたからだ。
 そんな和真の様子に蓮香は一層戸惑っているようだった。

 ふと、いつも余裕綽々な蓮香が戸惑いも隠さないなんて、いつもと逆になったみたいだなと和真は思う。
 それだけでも少し仕返しが出来たような気分になって、笑みを深めた。

「な、なんでそんなニヤニヤ笑ってるのよ?」
「別に? それよりほら、吸わないのか?」
 ニヤニヤとは失礼な、と内心思いつつ学ランのボタンを一つ外して首を晒してみる。

 ヒュッと息を飲む音が聞こえた。
 あれだけ吸わせろと追いかけて来ていたが、いざ吸えるとなると緊張するのだろうか。

「吸うわよ! 当然でしょ!?」
 緊張を誤魔化す様に、声を荒げ和真の肩に手を乗せた。
 その手が僅かに震えているのが分かる。

「おいおい、今更怖気(おじけ)付いたのか? 手、震えてるぞ?」
 半分本気で呆れる。あれだけ自信満々に追いかけて来ていたのは何だったのか。

「ち、違うわよ! 直接血を吸うのは初めてだから緊張しているだけ!」
 誤魔化す様に大きな声を上げる蓮香に、和真は明らかに信じてませんといった風に「ふーん」とだけ返した。

「吸うからね!」
 悲鳴の様に叫ぶと、やっと和真の首筋に顔を埋める。
 フワリと、花の様な甘い香りが和真の鼻をくすぐる。

 蓮香の牙が肌に触れるーーという所で、「そうそう、一つ言っとかなきゃなんねぇんだけど」と切り出した。
 ピタリと止まった蓮香は、ギギギと壊れたロボットの様に顔を上げ和真を見る。
 せっかく覚悟決めたのに何で止めるのよ!?
 と、声に出さずともその目と表情が物語っていた。