ガチャリと、学生寮の自室のドアが開く。
 部屋の主人の疲れ果てた様子に感化されたように、その音も億劫(おっくう)そうだ。

「今日もなんとか逃げ切った……」

 和真が呟きと共にドアノブから手を離すと、あとは自然と戻ったドアがバタンと閉まる。

 そのままベッドに突っ伏したい気持ちを(こら)え、椅子に座るに留めた。
 ベッドに突っ伏したら起き上がれなくなりそうだ。


 ハンターとして身体を鍛えているとは言え、毎日吸血鬼に追い掛けられるとなると疲れも出てくる。

 だが正直なところ、肉体的な疲れよりも精神的な疲れの方が強い。
 全く何故蓮香は自分の血が吸いたいと言うのか……。


「いっそ一度吸わせてみればあいつも満足するか?」
 和真か蓮香、どちらかが諦めないとこの不毛な鬼ごっこは終わりそうに無い。
 今までは単純に吸われるのが嫌で逃げてきたが、少し考えた方が良いかもしれない。

 蓮香の要望通りにするのは(しゃく)に触るし、それが最良の方法とも思えないのでやり方は考えるべきだと思うが……。

 取り敢えず逃げてばかりの今までの状態からは脱しなくてはならないと結論付ける。
 明日からはどんな風に蓮香に対応しようか。
 それを考えながら、和真は取り敢えず制服から部屋着へと着替え始めた。



 ーー翌日。

 来た。
 今日も背後から忍び寄る気配から始まる。

 いつもならばこのまま一悶着あってから鬼ごっこが始まるのだが、今日はそうするわけにはいかない。
 いつもと同じパターンで始めてしまうと、思わずいつもと同じ様に逃げきってしまいそうだと判断した。
 だからまずは会話しようとはせず、真っ先に逃げる事にした。

 そしてギャラリーが居ない人気のない校舎裏へと誘い込み足を止める。


「こんな所に来てどういうつもり? 袋のネズミじゃない」
 形の良い唇に余裕の笑みを浮かべていたが、僅かに警戒と戸惑いを滲ませた声音をしていた。

 他人の視線を遮るために移動したこの場所は、校舎の壁にコの字型に囲まれる様な所で正に逃げ場が無さそうだ。
 蓮香の言う通り袋のネズミだが、和真はこのままおとなしいネズミでいるつもりはない。
 窮鼠(きゅうそ)猫を噛むという(ことわざ)の方のネズミのつもりだ。

「そうだな。確かに逃げ場は無さそうだな」
 そう言うと、蓮香は余裕の笑みを完全に消しあからさまに訝しむ顔になった。眉間にシワが寄っても美人である。