来た。
 放課後の騒がしさの中、背後から忍び寄る気配を察知した和真(かずま)はその存在に気取られぬように警戒を強める。

 いつでも回避出来る様に。
 逃げ出せる様に。

 だが相手は人ならざる者。
 和真の警戒心を嘲笑うように、瞬時に目の前に移動した。
 息を飲むほどの美しい顔と、少し青みがかった灰色の双眸が和真を捉える。

 その美しさ故か、はたまた単純に驚いただけなのか。
 和真は一瞬呼吸を忘れたように息が止まった。

 でも警戒していた彼はすぐに気を取り直し、美の化身のようなその人物と距離を取る。
 警戒心を解かぬまま相対する。

 相手は余裕の笑みを口元に湛え、優美な仕草で長く艶やかな黒髪を払った。
 その形の良い唇が開く。


「今日は逃がさないわよ、和真ちゃん」
 語尾にハートマークでも付きそうなもの言いに、和真は感情を揺さぶられその勢いのまま怒鳴った。


「ちゃん付けするんじゃねぇ! 崎島(さきじま)!」
「名字じゃなくて名前で呼んでってば。蓮香(れんか)、れーんーか。言ってみて?」
「だーれが言うか! ってか俺の話は聞いてんのか!?」
「もー、そんなに怒ってたら可愛い顔が台無しになっちゃうわよ? 笑って笑ってー」

 無邪気とも言える笑顔に、和真はイライラが募るばかりだ。
(俺の話は全く聞いてねぇじゃねぇか!)
 怒りを握りこぶしで絶えつつ、目の前の美人・崎島 蓮香を睨みつける。
 だが彼女は動じずに「笑ってー」と笑顔を向けてくるだけだった。……それが和真を更にイラつかせるのだが。


「まーたやってるよ、あいつら」
 そんな和真達を周囲の生徒達は呆れ気味に、または面白そうに見守っていた。
「今日はどっちが勝つと思う?」
「どっちがって、賭けでもするつもりかお前? いっつも三岳(みたけ)が逃げ切ってるじゃねぇか。賭けになんねぇよ」
「ってか、いつ見てもおかしいよな? 崎島が吸血鬼で三岳がハンターなのに、追いかける側と追いかけられる側逆じゃね?」
 そんな風に言って笑っているのは和真と同じハンター側の学生だ。同意するように「あはは」と笑っている声が更に和真をイラつかせた。

(俺だって追われたくて逃げてるわけじゃねぇよ!!)