「本当に、教えなくていい? 白坂だけが何も知らないままで生活していくの?」


 私の前髪に触れた真鳥が、顔を覗き込むようにして問いかけた。


「それ、は。何も知らないままは困るけど」
「じゃあ……、ちょっとだけ目を閉じてみて」


 真鳥にしては優しい声。
 柔らかな声音に導かれるまま、軽く目を閉じる。


「落ち着いて、深呼吸して。楽になれるよ」


 その言葉が終わると同時に、額に何かが触れた。


「…………」


 もう一度目を開けたら、頭の中が真っ白になっていた。


 ――今、私は何をしようとしていたのか……

 真鳥と大事なことを話していた気がしたのに、思い出せない。
 私は一体……。


「大丈夫? 白坂」


 ふらついた私の体を、真鳥が抱き止める。


「……あ、うん」


 曖昧にうなずき、答えを探そうと真鳥の顔を見つめた。
 確か、大切な記憶を取り戻そうとしていた。
 でも、何の記憶を?

 混乱しているうちに、真鳥が低く何かをつぶやいた。


「忘れたままの方が幸せなこともあるよ。君が、っていうより、周りの人間がね」