ピアノのコンサートだなんて、蓮先輩らしくて妄想が広がる。


「音楽を聴いたら、結衣の絵の題材が浮かぶかなと思って」


 蓮先輩がそこまで考えてくれているなんて、細やかな気づかいが嬉しい。


「……っていうのは口実で。ただ、僕が結衣を誘いたかっただけなんだよね」
「お誘い嬉しいです……、楽しみにしてますね」


 私と同じで、先輩も少しは一緒にいたいと思ってくれているのだろうか。


「僕も楽しみにしてる。――もう暗くなってきたし、帰ろうか」


 先に立ち上がった先輩が、私に手を差し出した。
 恐る恐る、自分の手を重ねてみる。

 ――今度は、何も起こらなかった。

 動物園のときと違って、過去の嫌な記憶が頭に流れ込んでくることはない。
 あれは、単に偶発的な出来事だったのか。


 先輩に手を引かれ立ち上がったあと、すぐにその温かい手は離されてしまう。少し寂しく思いながら、先輩の隣に並んだ。