(だからってなぁ!)
大吾は大股で番台横に戻った。小銭を握り締めた拳で番台をがんがんと殴りつける。
「どういうことなんだっ、千幸っ!」
「いきなりでかい声を出すな」
番台の人物――里梨千幸は呆れたような溜め息を深々と吐き出して、腕を組んだ。藤色の袖が手の甲を隠している。
「だっておかしいだろっ! おかしいぞっ!」
大吾は更に強く番台を殴った。手のひらの中の小銭が皮膚に食い込んでかなり痛い。
「どこがおかしい?」
千幸は、外国映画の登場人物みたいに大袈裟に首を傾げた。絹糸めいたやわらかな髪が肩先で揺れる。
「わかんないのかっ?」
「なんの説明もなしにわかるもわからないもない。理解させたいなら、きちんと説明しろ」
「説明しろって……」
大吾は改めて千幸を見つめた。
座っていても長身だとわかるスタイルの良さだが、身に着けているのは、何度見ても、どう見直しても女物の着物だ。
藤色の袷で、桔梗の花を丸型に文様化した柄が入っている。帯は片方の垂れ先を長めにとった結び方だった。男結びではない。
(なんで、女の格好なんだよ。意味わかんねぇわ)
のんびり湯につかった後、十年近くバッテリーを組み、ともに甲子園出場までした千幸と久しぶりにたくさんの想い出を語り合うつもりだった。
確かに、千幸は思いやり深いとか優しく労わってくれるとかいう性格ではない。むしろ、大吾よりもずっと気が強くて、口の悪い奴だった。
まともに大吾の名前を呼んでくれたことはないし、急にむっとして喋らなくなったり、ぷいと帰ってしまったりと、つかみどころもなかった。
それでも、辛辣であることこそが、間違いなく懐かしい千幸の口調を聞いたら、会社倒産で先行きが見えなくなっている不安も落ち着くような気がしていたのだ。
――それなのに。