里梨千幸の実家である銭湯『こえど湯』は、大正時代に建てられたものの意匠を壊さないように改築しているものだから、我が家以上に観光客たちの被写体になるのだろうな、などと思いながら、大吾は商店街を歩いていた。
『こえど湯』は商店街の古びたアーケードの切れ目にある。
まさに端っこだ。
「おお……変わんねぇなぁ」
感慨の溜め息が漏れる。
子どものころから毎日のように見ていた懐かしい『こえど湯』の前に立ち止まり、大吾は振り仰ぐように唐破風の入口を見上げた。
最頂部の棟から地上に向かい、ふたつの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした切妻に凸型のむくり屋根を載せ、曲線を連ねた破風板がついている。
灰色の瓦がつやつやと光っているのは、新しく拭き替えたからなのか、相当丁寧に磨いたからなのか。
ちょっと煤けたような外壁や色褪せたのれんから察するに、さほど経営が順調には見えないけれど、千幸が跡を継いだことで、彼目当ての客が増えたりしているのだろうか。
(千幸のファンなぁ……)
ふっと高校時代の熱病じみた騒ぎが甦ってきた。
一生徒に注目が集まり、彼を目当てにファンやマスコミが大挙して押しかけるなんてことに慣れていなかった地味な県立高校では、日々パニック状態だった。
大吾もちょっと浮足立ちかけたけれど、当の本人である千幸はいつも冷めた表情で喧騒を眺めていた。台風の目をみたいなもんだなと思った覚えがある。