「ひとは、そう遠くないうちに機械によって救われていくのだ。おまえはその最初の一歩ではないか。胸を張れ。堂々と見せびらかして生きればいい」
「……俺は人間じゃないだろうっ、もうっ!」
「人間じゃない? ちゃんと肌も髪も手足もある。言葉も喋れる。心臓だって動く。どこからどう見ても人間にしか見えない」
男は薄い唇をすううっと引き上げた。蛇の顔によく似ている。
病院ではじめて会ったときと印象はなにも変わらない。その気持ちに従って、あのとき首を横に振ればよかった。
「それでも人間じゃない! 工場の底にある蒸気と同じだっ!」
彼は足元に転がって来たカプセルを力任せに踏みつけた。ぷちゅっと熟しきった果実がつぶれるような音がした。
「あんたらみたいな科学だ医療だ技術の進歩だってほざく奴らが機械なんてものを作って、ひとから仕事を奪い、工場の蒸気で空を奪って、人間の生命さえ弄んで奪っていくんだっ」
「結果、病気が恐ろしくなくなる。どこがいけない? 大切なひとを失って嘆くこともなくなるんだぞ」
「それは……っ」
男の言葉に返すべき怒りがうまく形にならなくて、彼は俯いた。
「恐れることはない。自分を恥じることもない。そのうち、ひとはみな、おまえと同じように変わっていく。そうやって救われるのだ。心も身体もなにもかもすべて」
男は穏やかに言い切ると、彼の頭をふわりと撫でた。
「わたしは、おまえを病気に奪われたくはなかった。嘆き暮らすのはいやだった。病床の我が子を助けたいのはどんな親も同じだ。そうしてやれる技術をもつのなら駆使する」
男は小さく溜め息をつく。
「それが……父親というものだ」
END