「食べる?って訊き方したんだから、ひっこめんなよ。オトコに二言はねぇだろ」

 正之丞はぶんっと割り箸を回した。

「行儀悪いことしないっ!」

 真幸は腕を伸ばして、正之丞の割り箸を掴んで止めた。

「あと、誰がオトコだ!」

 そのまま握り締めて拳にすると、正之丞の額を小突いた。正之丞はでへへっと笑った。

「いしる汁、ひとりぶんにちょっと足りないくらいなんだけど」
「いしるってどこの料理?」
「料理っていうか、能登の調味料ね。いしる出汁っていうの」
「能登かぁ。能登ねぇ」

 正之丞が感心したように頷き、「一昨年呼ばれて行ったなぁ」と続けた。 

「噺家はいろんなとこ行けていいねぇ」
「行くだけで観光もうまいもの食うのも、めったにできないけどね」

 真幸の拳の中から割り箸を奪い返し、正之丞は今度はいんげんのおひたしを食べた。
 噺家たちは、確かに地方公演は多いが、余裕をもったスケジューリングにはされていない。
 たとえば、福岡公演の翌日の昼に東京公演が組まれていたり、昼は名古屋、夜は仙台なんてむちゃくちゃなことになっていたり。その合間に師匠方に稽古をつけてもらいに行ったり。
 噺家は、大抵は個人事業主で、事務所などがマネージメントしているわけではないのに、ファンの多い人気者や名人ほど大事にされていない。ひっぱりだこと言えば聞こえが良いが、ただの過重労働だ。
 売れ出して以降の正之丞のスケジュールもそうなっている。昼席のあと、空いているというのは珍しい。