昼休み、俺は教室にいた。
自分の席に座って、周りの生徒と机をくっつけ合って、談笑をしながら弁当をつまんでいた。
賑やかな声に包まれながら、とりとめのない話を繰り返す。
一カ月前の俺には想像できなかった光景だ。
しかし、それが今現実になっている。
誰でも分かる明らかな失敗をしてクラスで浮いた俺に、一緒に教室で食事をする友人ができたのだ。
それも、二人。
「でもすごかったよねー、音楽の時間」
「あー、新山のテストだろ? お前本当変わってるよなー」
昼の話題は、俺を中心に回ることが多かった。
最初の方でほとんど会話をしなかったから、というのもあるが大半は授業での奇行のせいだろう。
俺はまだ、二回やることを続けている。
「歌のテストなんて、一回やるのも嫌なのに新山君、『二回歌わせてください!』なんて宣言するから、私ビックリしちゃった」
「な! それで先生も断ればいいのに、『時間が余ったら二回やりましょう』って言ってな。んで、きっちり一人分の時間が余ったから新山、もう一回歌ってんの。しかも、なんか二回目の方がちょっとだけ上手かったのも面白かったなぁ」
一時間目の授業のことを、ほんの数秒前見たように鮮明に語る。
そして今俺と喋ってるこの二人が、佐野と阿部だというのだから驚きだ。
因みにさっきの話のオチは、二回歌った後で先生が、
「はい、お疲れ様です。が、評価は一回目の方で行います」
という一言だった。本当にちょっと上手くなっていたので微妙に悔やまれる。
勿論同じ条件で評価するためには、そうしなければアンフェアになってしまうから仕方ないと言えば仕方ない。
ただそんな俺の行動自体は、クラス内においても何となく浸透していった。
俺自身、何を以て二回やるのかの基準が曖昧なので、「新山は二回やりたがる奴」というフワッとした認識を持たれるようになったわけだが、これはこれで動きやすかった。
カラオケに行った時、阿部から「同じ曲を二回ずつ歌うってわけじゃないんだな」と言われた時には、なるほどと思ったが、そこを徹底するとキリがなくなるのでその辺は適当にはぐらかしておいた。
「あー、次の授業だりぃ」
チャイムの音を聞いて、机を離しながら阿部が愚痴をこぼす。
相槌を打ちながら、不意に並榎のことがよぎった。
並榎を思い出すのは、いつも昼の終わり頃だった。
保健室に行かなくなって二週間以上経つが、あれ以来並榎の姿は見ていない。
いつも通り、たまたま教室を出るタイミングで阿部から昼の誘いを受けたのがきっかけで、並榎の方には顔を出せていなかった。
いや、本当は避けているだけかもしれない。
並榎に会うのが気まずいのもある。
どんな話をしたらいいのか、どうしたら並榎が喜ぶのかが分からなくなっていた。
でも一番の理由は、俺が並榎那奈恵という人間と、純粋に向き合う自信がなかったことにあった。
あれ以来も何度か、保健室まで足を運んでいたが、中に入るふんぎりがどうにも付かなかった。
並榎が今のまま、保健室に居続ける現状が良いとは思えない。
だけど、並榎を教室に連れ出すようなアイデアも俺にはない。
俺のやり方では、きっと並榎は救えない。
「そういえばさ、知ってるか?」
阿部が何の気になしに話しかけてくる。
「何?」
「いや、並榎って最近学校来てないらしいんだよね」
「……え?」
思わず、息が詰まる。
「あれ? てっきり知ってるもんだと思ってたけど」
「いや……最近俺も、連絡取ってなかったから」
連絡先は、特に交換していなかった。
保健室に行けば、会えると思い込んでいたから。並榎はいつも変わらずそこにいると、信じて疑わなかったから。
「その話、どこで聞いたんだ?」
「どこっていうか……。一回さ、並榎が教室に来たらしいんだよ。昼休み、弁当持って」
鼓動が早まる。
取り返しのつかないことが起こっているような、悪い予感が脳裏を過った。
「そしたらさ、クラスの女子が並榎にちょっかいをかけて、カンニングとか言ってからかったっぽいんだよ。で、並榎が泣き出しちゃったもんで慌てた奴らが、保健室に謝りに行ったんだけど、並榎はもういなかったって。それ以来保健室にも来てないっぽいぜ?」
「……それ、いつのことだ?」
「大分前だったと思うけど……二週間くらい。お前が俺たちと食事を取り始めたくらい……あ、もしかして」
閃いた、とばかりに意味深な笑みを浮かべる。
「その弁当を持って来たのってさ、お前と食事するためだったんじゃ……っておい! 新山、どこ行くんだよ!」
「悪い! 俺授業サボるわ! 先生には適当に言っといてくれ!」
それだけ言うと俺は、一目散に走り出した。