「……あ、新山君。こんにちは、遅かったけど、どうしたの?」

「いや、ちょっと前の授業が押しててね」

「そうなんだ、お疲れ様」

 次の日、並榎はいつも通りだった。

 いつも通りにゆっくりと弁当を食べ、いくつかの質問をして、小さく笑ってみせた。

 対する俺は、明らかにぎこちなかった。

 会話の間が開いて、話が途切れ途切れになって、終いには並榎に勘付かれた。

「……新山君、何かあったの?」

「いや……その」

 しばらく考え込んで、俺は並榎の方を見た。

「並榎、聞きたいことがあるんだ」

「う、うん。何?」

「昨日の、話の続きだけど。あの時言ってたズルってさ、もしかして」

 並榎の表情が強張る。

 それを見て、俺は続きを言うのを止めた。

 代わりに、並榎の方が口を開く。

「……そっか。もうバレちゃったか」

 悪戯を見つかった子供のように、俯きながら唇をかむ。

 俺の気分も最悪で、しかしそれは並榎ではない何か別の、明確なものに対して向けられていた。

「全部、聞いた? カンニングのこととか、私が留年してることとか」

「詳しくは、ないけど。噂レベルで……なら」

 俺の返事に、並榎が首を振る。

「気を遣わなくていいよ。それに、多分全部本当のことだから」

「本当って……」

 並榎が、カンニングで入学を取り消しになった。

 一校で発覚した不正は、県の方針上他の受験校においても適応されて、並榎は高校の受験資格を失った。

 それでも入学できる高校もあったが、厳格な両親がそれを許さず、留年して同じ高校を受験するよう指示したという。

 その結果合格し、一年遅れて入学することになった。

 ここまでは、阿部から聞いていた。

 それを並榎は、本当だと言う。

 だけど俺が聞きたいのは、そんなことの真偽じゃない。

「並榎は……本当に、カンニングしたのか?」

 事実、カンニングによって並榎が留年したという話があったとして。

 俺はどうしても、話の前提を飲み込むことができなかった。

「……私は、新山君みたいに強くない」

 それは、あるいは拒絶のようにも聞こえた。

「俺は聞いているのは、そういうことじゃ……っ」

 もしも並榎が、流れている噂を正確に把握しているなら。

 昨日、阿部に聞いた話が全て事実だというのなら。

「並榎さ、本当はカンニングしてないんだろう?」

 ――でもその話、デマだったらしいんだよね。

 阿部は俺に昨日そう言った。

 デマというよりは、誤解であり偶然であったと。

 詳しい話は分からない。

 だがそれが誤解であると分かったのは、入試から二か月経った後だった。

 その時にはもう高校は始まっていて、今更それが発覚したところで並榎の環境が変わることはなかった。

 誰も救われない事件の被害者として、並榎が今もその不必要な十字架を背負い続けているのなら、そんなもの早く捨て去ってしまわなければならない。

「違うの……本当に、違うの」

 首を振り、表情を歪めながらそう連呼する。

「だけど、ただの誤解で並榎がそんなに苦しむこと……」

「したの」

 並榎の声に、思わず言葉が詰まった。

 今にも泣き出しそうな顔を俺に向けて、並榎はそれでも微笑んで言った。

「カンニング……本当にしたんだよ、私」