昼休み、俺は弁当を持って保健室に向かった。
殴られた頬が痛むから……というのは事実だが、実際のところクラスにいるのが気まずいからって方が本音だ。
俺を追いかけてきたアイツ、陸上部の……えーっと、佐野だったか。
まだ入学して一ヶ月も経っていないから、近くの席のやつしか顔と名前が一致してない。
そんな大事な時期に、クラス女子全員の反感を買うようなことをしてしまったのは、正直かなりの痛手だ。
あと、佐野からの制裁によって頬が物理的に痛い。
女子は言わずもがな俺のことを避けているし、男子は男子で腫れ物扱いしてくるし……。
自業自得とはいえ、これはもう窓際族決定かな、ハハハ。
……はぁ。
「すみませーん。ちょっとお邪魔しまーす」
「ふぇっ?」
保健室に着いてドアを開けると、目の前に制服をまとった少女がいた。
いや、学校なんだから制服を着ているのは当たり前だが、部屋の主であるところの養護教諭が見当たらない。
「えっと、先生って今どこいるか分かる?」
「え、う……あうぅ」
話しかけられると思っていなかったのか、少女は明らかに戸惑っている。
「いやまあ、いなきゃいないでいいんだけど……」
というか、この子、どこかで見たような……ん?
「もしかして、並榎(なみえ)、那奈恵(ななえ)か?」
「え、あ、うん。……クラスの、人?」
そこで並榎は、反らしていた目を俺に向けて、一つの結論を出す。
「後ろの、席の人」
「そうそう。新山(にいやま)敏文って言うんだ。よろしくな」
知り合いということで少し緊張が解けたのか、並榎の表情が緩んだ。
一方の俺は、さっき覗いてしまったことによる気まずさで微妙に顔が合わせづらく……。
「って、あれ? そういえば並榎、今日は休みじゃなかったか?」
特に気にもしていなかったが、並榎は朝からいなかったはずだ。
いや、今日だけじゃない。昨日も、一昨日も……。
「今日っていうか……私、ほとんど教室行ってないから」
俺の表情を見てか、並榎が気まずそうに苦笑する。
保健室登校、というやつだろうか。
学校には来ているけど、教室までは足を運べない。
不登校ではない分、まだ参加しようという意思があるのかもしれない、が。
「ふーん……。ま、事情は人それぞれだよな」
かくいう俺も事情だらけの結果、保健室まで足を運んでいるわけで。
間違っても人にとやかく言える立場ではない。
「……ありがとね。新山君」
何を感謝することがあるのだろうか。
並榎の消え入りそうな声に、同じく小さな頷きを入れた。
「あ……新山君。頬、腫れてるね。私、シップの場所分かるよ」
照れをごまかすように並榎が動き出す。
「ああ、シップはいいや。それより、ここって弁当食べてオッケー?」
「う、うん。私もいつもここで食べてるから……。でも、大丈夫?」
「ヘーキヘーキ。大したことないし、ほっといたらすぐ治るよ」
微笑むために口角を上げると、頬に痛みが走った。思わず表情が歪む。
「ほ、本当に大丈夫?」
「ダイジョウブダイジョウブ。マジで気にしないで」
言いながら、気にしないでってのはちょっと無理があるかな、と思った。
見た限りの並榎の性格的に、何となく。
「元々、治療しに来たわけじゃないから。色々あって教室で食事するのが気まずいんだけど、外で一人食事ってのも物寂しいじゃん?」
ボッチ飯は俺の性質的に中々きつい。
一度外で食べた日には、次の日も決行しなくてはいけないのだ。
誰に強制されたわけでもない、罰も制約もない幼少期の他愛もない約束事は、しかし俺にとってはそれ抜きでは成り立たないほど人生の核となっている。
「並榎はもう昼食べた?」
「ううん、まだ、だけど」
「そうなんだ。じゃあさ、一緒に食べようぜ」
俺からの誘いが意外だったのか、並榎が目を丸くする。
「あ、別に嫌なら俺一人で食うけど。折角だし良ければ、と思って……」
「い、嫌じゃない! ちょ、ちょっと待ってね!」
慌てて並榎がベッドの下に潜る。
置いてあった鞄から小さな水玉の巾着袋を取り出すと、やや真剣な面持ちで俺と向かい合った。
「よ、よろしくお願いします」
「お、おう」
なんだその堅苦しい空気は。
茶化していいのか分からない微妙な距離感のまま、俺たちは食事を開始した。