保健室に着くと、俺は勢いよくドアを開けた。
「並榎!」
いない可能性の方が高かったが、それでもそう呼ばずにはいられなかった。
案の定並榎はそこにはおらず、代わりに養護教諭の先生がいた。
「どうしたんだ? 頭でもケガしたかい?」
「いや、そういうわけでは……」
「そうかな? 私には酷い病を患っているように見えるが」
眼鏡を人差し指で二度ほど上げ、自信たっぷりにそれを指摘する。
「ズバリ……恋の病と見た!」
「すみません。並榎那奈恵さんはここにはいませんか?」
ガン無視かい! と力強くツッコむ養護教諭の先生(初対面)。
こんな力強く狂った人だとは、正直予想していなかった。
だが、今はこの謎テンションに付き合っている場合じゃない。
つまらなさそうに先生がため息を付く。
それから俺の顔を見て言った。
「あんたが新山君かい?」
「は、はい。どうしてそれを」
「那奈恵の話は、半分が食べ物の話。もう半分は君の話だったよ」
「彼女は今……どこに?」
俺がそう聞くと、先生は目を伏せて首を振った。
「来るのが……ちょっと遅かったね。もう少し早く、来てくれていれば」
「それは……どういう、ことですか」
「そのままの意味だよ。これ以上私に言わせないでくれ」
眼鏡を外した目で俺を見る。
見る、というよりは睨むという感覚に近いものだった。
まるで、お前がそうしたのだと断罪するように鋭く、尖った視線だった。
「並榎は……亡くなったんですか?」
そんなわけない。
だとしたらまず、教室に連絡が言っているはずだ。
並榎が俺に会いに来たのが二週間前なら、今のこの時期までそれが秘匿されるなんてありえない。
でももし、この人の言葉通り。
俺がもう少し早く、来ていれば救われたというのなら。
表情を崩さないまま、先生が俺に向かって吐き捨てるように言い放った。
「トイレにいるよ。時期に戻ってくる」
何かが崩れた音がした。
紛れもなく俺がずっこけた音だった。
「おいおい、保健室で埃を立てるのは止めてくれ」
「誰のせいだと……」
俺がそう言うと、先生が勝ち誇ったように笑った。
「迫真だったろう? 私の演技」
「ええ、危うく心臓が止まるところでしたよ」
「何だ、そんな半身が引き裂かれるほど大切だと言うのなら、もっと早くに会いに来てやれば良かったろうに」
「うぐっ」
ぐうの音も出ない正論を吐かれてしまった。
「どうせ男のしょうもないプライドが邪魔してたとかだろう? 自己陶酔するのは勝手だが、私の庭を挟むなら話が別になる」
「ど、どういう意味ですか」
「グダグダ言ってないで白黒付けろってことだよ。ったく、若い連中は一本道でもわざわざ蛇行したがるから面倒でならないね」
あー、やだやだと冗談めかして大げさに首を振る。
「並榎は、最近学校に来てなかったんですか?」
「いや、いつも通り朝から放課後まで保健室にベッタリだったよ」
「え、じゃあ……」
俺は並榎が教室に来たこと、クラスの女子にからかわれたこと、そのせいで並榎が泣いて、保健室に彼女らが謝りに来たことを説明した。
すると、
「私が適当に追い払ったんだ。あの手の奴は好みじゃない」
ケッと先生が吐き捨てる。それからニッと笑い、
「でも、その件で君がここまで来たというのなら、私は恋のキューピットなわけだ」
「別にそういうわけでは……」
「違うのかい? じゃあ君は、那奈恵のことが嫌いなのか?」
「何でそうなるんですか……」
苦手な大人だなーと思いつつ、この人に嫌われると並榎に会わせてもらえないかもしれない。
とりあえず、今は我慢だ。
「じゃあ那奈恵のことは好きなのか? 嫌いなのか?」
「どうしてそう極端なんですか」
「君の行動を分析しただけだよ。部屋に入ってきていきなりその人間の名前を呼ぶのには、よほど強い感情が必要になる。恋慕か、憎悪か、大抵はどちらかだよ」
君はどっちだい? と試すように俺を見つめてくる。
堪忍して俺は、素直に答えることにした。
「……好きですよ。色々あってまだ、はっきりとは……してないですよ」
「だってよ、那奈恵」
ハッとして後ろを振り返ると、俯いたまま上目遣いでこちらを覗いている並榎がいた。
「な、並榎っ! 今の、聞いて、」
「え、えーっと……新山君、私っ」
溢れ出る感情を向ける先を見つけられず、俺は散々話を焚き付けた犯人を睨み付けた。
「クソッ、最初からこれが狙いか!」
「ハッハッハッ! 頑張れよ、青少年たち」
それだけ言うと、先生は部屋を出て行った。